5-4

 午後になり記録会が再開された。

 四回目の計測に備えて、美波はペアとなった有紗と計測の支度をしている。


「東さん、休憩を取った後ですから注意散漫にならないよう気を付けてください」

「おう」


 美波は不安の消えた真剣な顔で返事をする。


「気合は十分のようですね。これは期待していいですかね」


 試すような目で美波を見ながら有紗はトランプをシャッフルし始めた。

 山札を混ざられるトランプの方に視線を据えて美波は呟く。


「今でもこんなことしてる自分に現実感がねえよ」

「そんなに想像できませんか。今の自分自身が?」


 理解しがたいという口調でトランプをシャッフルしながら有紗は聞き返す。

 だってよ、と美波は答える。


「つい先月ぐらいまでやることのない退屈な日々を送ってたんだぜ。そんな人間がト

ランプ五十二枚の記憶を成功できるか緊張している自分を思い描けるか?」

「……難しいでしょうね」


 改めて考えてみると有紗も納得する。

 警察官が一か月後には宇宙飛行士になっている、とまではいかないが美波の言う通り簡単に想像できるものではない。

 進行役の永井が計測開始一分前を告げて、美波はスタックタイマーがリセットされているか確認する。


「自分が自分じゃねえみたいな、天と地がひっくり返ったみたいな、そんな感覚。わかんねぇかな?」

「すみません。理解はできましたがそんな感覚にはなったことないですね」


 有紗は正直に言った。

 美波も完全な理解は求めず静かに苦笑する。

 話している間に四回目の計測の時間となり、有紗は長机から少し距離を置いた。


「四回目なので詳しく説明することはないでしょう」

「そうだな」


 返事をした後に美波は深呼吸してから一度目を閉じ、有紗や室内の様子を含む視界を絶った。

 意識を手放し、脳内に思い出した世界へ没入して、美波の目が開かれて手に取ったトランプのみを視界に収めた。

 美波が計測四回目に使うルートは、涼介の勧めで作った学校の教室と廊下だった。


 一か所目は、教室の空き放たれた引き戸。

♢5と♤7,串団子が埋もれるほどに砂を注ぐ。

 

 次は黒板横の掲示板。

♤10と♡3、給湯器を大きなハサミで切断する。


 次は黒板。

♡5と♧4、段ボール箱を開けたら櫛が飛び出してくる。


 序盤はトランプのイメージを場所ごとに置いていくと、段々と速度感覚に慣れていく。

 しかし慣れてからの記憶が抜けやすい、という涼介のアドバイスを肝に銘じて惰性にならないよう美波はいっそう気を引き締める。


 次は教卓。

 ♧2と♤3、靴に炭を入れる。


 次は黒板斜め上の壁掛け時計。

 ♧9と♤2,コック(フライパンを使う)がスーツに着替える。


 次はグラウンド側の窓。

 ♢7と♤1、棚から水筒が落ちる。

 

 次は窓を左右に分ける柱。

 ♡4と♡10、箸で鳩を摘まみ上げる。


 次は教室の隅のシューズロッカーと壁の隙間。

 ♢9と♡9、タクシーを開けたら白桃が転がり出る。


 次はシューズロッカー。

 ♧Qと♧3、呼吸器にグミが吸い込まれていく。


 次は掃除用具の入った縦長ロッカーの上。

 ♤6と♧6、スロット台から黒猫が排出される。

 次は縦長ロッカーを開けた中。

 ♢3と♡8、打算(算盤のイメージ)を葉っぱで覆う。

 

 次は締め切ってある引き戸。

 ♧8と♧5、クッパ(韓国料理)に救護の男が沈む。


 次は廊下側の窓。

 ♢6と♢2、ダムからダニが放出される。

 

 これで半分の十三箇所、二十六枚をイメージ化した。

 十四箇所目からルートを少し変え、教室を飛び出して廊下を屋上まで歩く。


 十四か所目は、教室を出てすぐの駐輪場を見下ろすガラス窓だった。

 ♤10と♢8、ストローでタンバリンを吸い込む。


 次は廊下の掲示板。

 ♢4と♡6、脱脂粉乳のカップの中にハムが浮かぶ。


 次は上り階段。

 ♤9と♤K、スクーターにスキーヤーが通り過ぎていく。


 次は階段の踊り場。

 ♢1と♡Q、タイヤの上に白球。

 

 次は階段の手すり。

 ♤Jと♢Q、スムージーを卓球台に置く。

 

 次は階段を昇ってすぐの壁際にある消火栓。

 ♧7と♡7、クナイガ刺さるとそこから花が咲く。


 次は白床の円の形に剥げた黒い部分。

 ♤Qと♧1、スキューバダイバーを杭のように打ち込む。


 次は天井の照明。

 ♤5と♢K、スコップで照明を割るとタコが出てきて墨を吹き付けてくる。


 次は廊下の柱。

 ♧Jと♢10、おみくじにタトゥーを掘り入れる。


 次は屋上に繋がる階段。

 ♡1と♡K、大きな灰皿の上を刷毛で塗る。


 次は階段の踊り場。

 ♡2と♧K、埴輪がデカいクッキーを食べる。


 次は屋上へと出る鉄扉。

 ♤8と♤4、スパゲッティの麺を持ち上げたら寿司が出てきた。


 次は二十六か所目、最後の二枚に美波は気が抜けそうになるのを堪えて集中に意識を傾ける。

 最後の最後に気が緩んでは、ここまでの五十枚が無駄になってしまう。記憶成功には五十二枚全てを正解させる必要がある。


 屋上 ♢Jと♡J ダージリン(カップに注がれた紅茶のイメージ)のカップの中におはじきを落として水しぶきが飛ぶ。


 ――――――

 ――――

 ――


 五十二枚全てのイメージ脳内のルートに据え置いた。

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