漫画を描いてみる

放課後の教室。

今にも雨が降りそうな曇り空。

窓から、湿り気を帯びた風がゆっくりと流れてくる。


駿と悠人が机に向かい合って、それぞれ真剣になにか絵を描いている。

駿が話しかける。


「なあ、」

「うん?」

「できた?」

「まだや」

「俺も、まだやけど」


ふたりは相手の顔を見ずに紙に向かっている。

しばらくして悠人が言う。


「お前も、まだなんかい」

「うん」

「できてから聞けよ。俺、もうすぐできるで」

「まじか?」


そして、大きく息を吐いて悠人が顔を上げる。

駿が手を止めて悠人を見る。


「見んなて」


悠人が紙を隠す。


「できたん?」

「できた」

「やるやん」

「まあな」


しばらくして駿が言う。


「俺、もうこれでええわ。これ以上は無理や」

「よし。見せてみ」

「うん」


二人はそれぞれの紙を交換し、真剣にお互いの描いたものを読みだす。

しばらくして読み終えた駿が肩のストレッチのように体操をしながら息を吐く。


「やっぱり、漫画描くんて難しいな」


悠人も紙から目を上げて言う。


「難しい。漫画家はすごい。自分で描いてみてすごさがわかったわ」

「それな。ほんまに」

「それにしてもおまえの絵はひどい」

「それな」

「おもしろいとかおもしろくないとか、そういう所までたどり着いてない」

「途中で何描いてるかわからんようになった」


駿が伸びをしながら続ける。


「俺は、一生漫画は描けるようにならんな」

「そうか?」

「才能がないわ」

「それはわからんやろ」

「いや、わかるやろ。同じ顔2個描かれへんねんから」

「まあそれはたしかにな。漫画家としては致命的や」

「絶望や」


ふたりはそれぞれ別の方向をみて何事か考えている。やがて、駿が口を開く。


「絵がうまい人とかさ、すごいよな」

「うん?」

「あれもすごない?歌とか作れる人」

「うん。すごい」

「なりたかったな。なんかさ、なんか持ってる人になりたかった」

「なにを?」

「なんかわからんけど、自分の世界持ってるみたいな。かっこええやん」

「ああ」

「無理やな。たぶん。食べてるもんが違うんやろな」


そういう駿に、急に真剣な顔になって悠人が言う。


「おい若造!簡単にあきらめんな!」

「おお、どうした急に。おっきい声出すやん」

「あのなあ、ミケランジェロだって最初から天才やったと思うか?」

「あいつは最初から天才やったやろ」

「なんもわかってないな」


悠人が大げさにため息をついて、芝居がかった様子で言う。


「かの天才ミケランジェロは、ある試合でこう言った。あきらめたら、そこで、試合終了ですよ」

「なんの試合やねん。ミケランジェロはそんなこと言ってないやろ」


悠人が笑う。


「言ってないか。けど、わからんで。もしかしたら言ってるかも」

「たしかにな。『ルネッサーンス!』も言うてるかもしれんもんな」

「ワイン持って?」

「うん。誰かと二人でワイン持って」

「誰やろなもう一人」

「わからん。楳図かずおとかやろ」


二人が笑う。悠人が言う。


「でも、ほんまに。漫画描けるようになりたいんやったら練習したらええねん。いま下手でも、いつかうまくなる」

「ならんやろ」

「いや、なる。絶対なる。」

「そうか?俺の絵、幼稚園児みたいやねんけど」

「それでもな。練習したら絶対にうまくなる」

「そうなんかなあ」

「うん。それは間違いないし、自分の世界持ってるやつになりたかったら、とりあえずいっぱい本読んだらええねん」

「本?」

「うん。めっちゃ読んだらええねん」

「本か」

「映画でもええと思うわ」

「なんかさ、ちょっと人と違う感じの奇抜な感じの靴下とか履いても『あいつやったらまああんなもんや』とか『ああいうやつやし、あれが普通やん』みたいな感じに見られたい」

「ナチュラルにおかしなやつってこと?」

「おかしなやつってちょっと悪口やろ。個性的って言ってほしい」

「ナチュラルに個性的なやつ?」

「そう。狙ってないやつ」

「わかる。けどそれは無理や。お前はすでに狙いすましてるし」


ふたりでため息をつく。


「あーあ、親が宇多田ヒカルやったら良かったのになー」

「いまからそれは無理やろ」

「親が宇多田ヒカルやったら俺は絶対変な靴下履いてる」

「もう全然何言うてるかわからん」


二人は笑いながら自分たちの描いた漫画を見直す。


「とりあえずこれ持って帰るわ」

「そうしろ。描いたことに意味がある。偉大な一歩や。俺のやつもあげるわ」

「いらんわ」


ふたりは笑いながら席を立つ。雨はまだ降りださない。

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