転移少女の魔獣退治 ーその2ー
「隊長! 実験がしたい! この近辺で適当な数のノジラの目撃情報は無いかね!?」
「うむ、カイガラ村で昨日、十数頭!!」
さすが隊長、新鮮情報を即答だ。
カイガラ村は王都から馬で二時間ほど駆けた距離。山裾にあるこじんまりとした農村だ。
「よし! ダミアン君、馬の準備だ! あと、調理室で塩を調達してきてくれ! 壷ごと頼むぞ!!」
「はい!」
診察記録簿を付けていた若手職員が、指示を受け脱兎のごとく病室をとび出していく。
――あの人……ダミアンって名前だったのか……。
少女の脳裏を一瞬、不吉な三桁の数字がよぎるが、異世界なのでここは無視だ。
「君にも一緒に来てもらうぞ。そのままの格好でいい。私は少し準備をしてくるので、厩の前で待っていてくれ」
と、院長は少女の頭を優しくひとなでする。
「はい」
「院長! わたくしもお供します!」
お姫様が立ち上がった。
「この目で実際に見て、王子に報告したいのです!」
さすがアウトドア女子である。この行動力。
「――そうですね。近接戦の助言も頂きたい。いいでしょう」
更に王子と隊長に
「効果ありと判断された場合、直ちに行動できるよう、手筈の整えを願えますか?」
「応とも! 人員物資の手配……塩の増産には塩田の確保も必要か? すべて任せてくれい!!」
隊長が厚い胸板をたたいて引き受けた。
「よろしくお願いします……行ってきます」
軽く頭を下げ院長は、準備のために一旦自室へ戻り、少女と姫剣士は厩へと向かう。
――凄いことになってきたゾ!
少女は少しワクワクする。
――異世界っぽいね!
冒険の予感だ。
――少女と姫剣士が厩に到着した。
ダミアンは厩務員たちと共に馬の準備に大わらわだ。
姫剣士は腰に、預けてあった細身の片手剣を帯刀している。
――これが魔剣『ヒルデアイス』か。
姫剣士はこの剣に選ばれた……と聞いている。
なるほどスレンダーな姫剣士の腰によく似合う、魔剣とは思えない美しい外観のひと振りだった。
少女は次いで、厩の方へと目を向ける。
――あの白馬は姫様の馬ね。院長の馬はあっちの黒い大きいやつかしら?
「――あなた……この国の生まれではないのですか?」
姫剣士が少女に、唐突にたずねてきた。
「あ、はい。少し遠いところから来ました」と、あいまいに答えてみる。
「だから、あまりこの国の事はよく知らないのです……言葉は通じるみたいですけれど」
「そうでしたか……逆に、私たちの知らないことを数多くご存じのようですね……」
――姫様、するどい……。
「あの、この国では、お塩は貴重品ではないのですか?」
話題を変えようと、少女は気になっていたことを質問した。
塩にとんでもなく価値がある国が存在することは聞いたことがある。
少女の元いた世界でも、古代には貴重品だった。
姫剣士はかるく首をふり、
「我が国は南北に長く海岸線を持ち、砂浜も多い。塩田も有ります」
王国の海沿いに土地を持つ領主のほとんどが塩田を所有していた。彼らの重要な収入源の一つである。
「他国に輸出もしておりますよ」
この大陸で塩をほぼ輸入に頼らなければならない国は、意外と多いそうだ。
領主たちの収入源である塩の精製は、王国にとっても外貨獲得のための産業であった。
「むしろ、あまり大量に使ってしまうと、畑の塩害のほうが心配ですね」
「あ、それはそうですね」
そんな話をしているところに、
「馬の準備が終わりました!」
ダミアンが息を切らせながら合流した。
「ご苦労様でした。院長は自室で準備するものがあるみたいで、少し待っていてください」
少女がねぎらいの言葉をかけると、
「え、はい……ははっ」
と、何故か耳を赤くして照れている。
――なに? この反応。
少女が訝しんでいると、
「待たせたね。すまん!」
院長が到着する。
――!
少女とダミアンは厩へ直接来ていたので、治療院の制服であるライトブルーの白衣姿のままであった。
が、なんと院長はエルフの戦士姿で登場した。
ダークブラウンのしなやかな上下に、プラスチックのような光沢を持つ真っ白な軽装鎧。モスグリーンの短めの外套をまとい、背中には黒い短弓を装備し、同じく黒光りする短刀を腰にはいている。
――なに? え、なに!? 素敵なんだけど!?
少女もダミアンも、厩務員たちまでも、みな呆然として口は半開きになっていたが、姫剣士だけは当然のように、
「さすが院長! よくお似合いです」
「そうですか? 久しぶりに袖を通したので、おかしくなって無いですかね?」
クルリとその場で回ってみせた。
少女とダミアン、厩務員たちも、ぶんぶんと勢いよく首を振る。
「院長! かっこいいです!!」
「と、とても似合ってると……思います!!」
ダミアンはもう、倒れてしまいそうだ。
――やめろダミアン! 私の院長をよこしまな目で見つめるな!!
「――ありがとう……じゃ、行こうか!」
そう言って院長は少女の手を取り、黒い馬のもとへ連れて行った。
「馬には初めてか? 先に跨ってもらおう。左足を鐙に……あ、あぶみに……こう……」
「と、とどきませーん!」
鐙に足をかけるには、少女の身長は少し足りないようだ。
「ふむ……よし、ダミアン君! おーい!」
院長がダミアンを呼ぶ。
「君、悪いが踏み台になってくれ!」
「え? あ、はい!」
初めに戸惑った様子をみせたダミアンだったが、すぐに理解し、馬の横に膝をつくと、そのまま四つん這いになった。
――え? 踏め……と?
「彼の背中を右足で踏んで、左足を鐙にかけて……」
「い、いいんですか?」
少女はダミアンに尋ねたつもりだったが、
「かまわん。右足で片足立ちする感じに……」
答えたのは院長である。
少女はダミアンの背中を見つめ考えた。
清潔な白衣に足を乗せるのは、さすがにためらわれる。
――でも……
――洗濯するのは私だし……いっか!
覚悟を決めて背中に足をかけた。
「よし、左手はたてがみを……右手を鞍の真ん中に乗せて……」
「はい!」
「――右足でジャンプ! そのまま跨れ!」
「はい!!」
「ぅ」
みごと少女は一発で乗馬に成功する。ダミアンのうめきが聞こえた気もするが、きっと空耳だ。
「うん、上出来」
笑顔の院長が、ひらり軽やか、少女を包み込むように乗馬する。
「ダミアン君! きみも早く乗りたまえ。」
膝の汚れを叩いていたダミアンを急かした。
「は、はい!」
ダミアンはあわてて自分の乗馬へと走り出す。
その背中にはクッキリと、小さな足跡が残されていた。
「姫様、準備はよろしいですか?」
スッとした乗馬姿勢の姫剣士は、
「わたくしに先導させて下さい」
と、涼やかに微笑む。
「目撃情報のあった場所は見当がついています」
「お、それは有り難い。頼みます」
かくして、姫剣士の白馬を先頭に、少女とエルフ戦士が跨る漆黒、少し遅れて、鞍の両脇に塩壷を括りつけ、白衣の職員が操る赤鹿毛の三頭が、治療院の表門から飛び出していった。
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