エピローグ

本物の日常が戻ってきた。

 いや、まあ…さすがに白州さんが撃墜したヘリによってクレーターができちゃった山はそのままだけどね。

 白州さんといえば、どうやらFBIのほうでいいポストについたらしく、相変わらずアメリカ国内のみならず世界を又にかけて事件解決に飛び回ってるらしい。…この前暑中見舞いとか言ってピラミッド背中にターバン巻いてラクダ乗ってる写真はがき送りつけてきたよ。今度はアラブの石油カルテルにでも潜入してんのかね?知らんけど。

 そして、俺たちはといえば------


 朝起きて、俺はいつもの光景を目の当たりにしていた。

 俺が寝てるはずのベッドに作り出されている、こんもりと形作られた布団の山。今日は小さめのサイズか。

「…何やっとんじゃ友莉奈あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

 俺が叫ぶと、布団の中から友莉奈が眠そうな目をくしくし擦りながら顔を出す。

「ぅにゅー…。あ、お兄ちゃんおはようです~…。」

「おはようじゃないよ妹よ、なんで布団にもぐりこんでくんの。」

「んー…。お兄ちゃんが、ぬくぬくお布団さんに入ってるからです~…。」

「いや、お前のベッドのほうがぬくぬくだから。ついでに言えば新しさもそっちのほうが新しいから。まあ使ってなかったんだから当たり前だけど。」

「う~~~~~…お姉ちゃんだって、お兄ちゃんのお布団さんに入ってるときありますよ…。」

「あるけどさ…。」

「…お姉ちゃんはよくて、私はだめな理由がわかりません。」

「いや、ユリ姉に許しを与えてるつもりもないんだけど。二人とも勝手にもぐりこんでくるだけだし。つーかいつも思うけど二人とも鍵どうしてんのよ鍵。いっつも鍵閉めてんじゃん俺。」

 「お姉ちゃんも私もいつでも入れるように合鍵持ってます。」

「・・・俺のプライベートスペースのセキュリティ、ザルじゃね?」

「にゃーーーーー…眠いです…。お兄ちゃん、あと2000年後に起こしてください…。」

「いや話聞けよ…って2000年だ!?いくらなんでも長すぎるわ!!しかも今は夏だぜマイリトルシスター!!冬眠にしちゃ早すぎやしないかい!?」

「じゃあ冬に同じこと言います。」

「お前な…。」

 そうこうしているうちに、ドアがトントン叩かれた------まずい。しかし友莉奈がくっついているせいで動けん。

「ゆ------ゆゆゆゆ友莉奈ちゃん!?なんでエルのお部屋にいるの!?」

 ………やっぱりね。こうなると思ったんだよな。

 友莉奈は俺の腕にしがみついてきて、ユリ姉に見せつけるかの如く言う。

「にゃふふ、今日は私の勝ちですよ、お姉ちゃん。おとなしくそこでお兄ちゃんと私の蜜月の時間をハンカチでも噛みながら見ててください。」

「なっ!?」

 あ、ユリ姉が暴走する。そう思った瞬間。

「ず------る------い------!!!!!!私の方がエルとず--------っと長い間一緒だったのに--------------!!」

 ユリ姉がドアを蹴飛ばして入ってきたと思ったら、友莉奈のしがみついてる腕とは逆の方向にしがみついてきた。

「ひゃあ!!お姉ちゃん、横から入ってこないでくださいです!!卑怯ですよ!!せっかく早起きしたのに!!」

「そもそも友莉奈ちゃんだってそう考えたら抜け駆けしてるから人のこと言えないもん。」

「一緒にいられなかった時間は私の方が長いです!!お姉ちゃんは長く一緒にいたんですからいいじゃないですか!!」

「人の体になったのはつい最近だもーん。そして最近エルと一緒にいるのは友莉奈ちゃんのほうが多いもーん。学校帰りもあまり私は一緒に帰れてないもーん。」

「それはお姉ちゃんが生徒会役員だからなのですよ!!」

「あ、そうだ!!ねえエル、生徒会のお手伝いだけじゃなくて、正式に役員に立候補しよ!!そしたら毎日一緒に帰れるよ!!うん、ナイスアイディア!!」

「お姉ちゃん!!それは抜け駆けとは言わないのですか!?」

「お姉ちゃんは忙しいのです。お手伝いの手が必要なのです~。」

「う―――――…!!お兄ちゃん、おっぱいおっきいだけのお姉ちゃんはほっといてどこか行きましょう!!」

「ふふん、甘いわね友莉奈ちゃん。あなたは大きいだけっていうけど、男の子は大きい方が好きな生き物なのよ。つまり、私すごく有利!!」

「ちょ、ユリ姉!?ドヤ顔で何言ってんの!?」

「うぅ…お姉ちゃんに比べたら私は普通の普通サイズです…。こうなったら、あのときみたいにまたお兄ちゃんと協力して神器を出して魔法でおっきく…。」

「はいスト------------------ップ!!お前は神器や魔法をいったいなんだと思ってんだ!!」

「お兄ちゃん、使えるときに使わないでなにが魔法ですか!!というか実際お姉ちゃんのおっぱいを見るたびに神様は不公平とか思ってましたけど、その神様の力を私たちはいただいたのですよ!?お母さんだっておっきかったのに、なんで私のおっぱいだけ普通サイズなのですか!?絶対アンドロイドの時のお姉ちゃんのおっぱいの大きさってお母さんのを参考にしたんですよね!?そうなのですよね!?絶対お父さんの趣味ですよね!?その見た目そのままで戻ってきたってことなんですよね!?」

「落ち着け!!そりゃ職権濫用だろうが!!あの時のしおらしさや不安はいったいどこに消えたんだよ!!あと女の子がおっぱいおっぱい連呼するんじゃありません!!」

「うーん、前の見た目のまま帰ってきたって言う事は、元々こういう遺伝子の配列をしてたんじゃない?おじさんならそのくらい調べそうだけど。」

「ユリ姉も火に油を注ぐのやめてぇ---------------------!!!!!」

 --------------まあ、俺たちの生活も、いつも通りに戻ったってことさ。

 相変わらずユリ姉と友莉奈は俺を巡って火花を散らしている。登校や昼に両側からサンドイッチにされることにもそれによって野郎共の視線が突き刺さるのももういい加減に慣れてしまった。いや、慣れるのはまずいんだけどさ。

「…負けないからね、友莉奈ちゃん。」

「私も負けないです。勝負なのです、お姉ちゃん。」

 そんなことを俺が考えてることを知って か知らずか、また俺を間に挟んで火花を散らす二人。

「------------はぁ。」

 俺はしっかり今日も、春先から毎日の癖になっているため息をついたのだった。

 

 実は、ユリ姉が神様たちに与えられた人の輪を司る神器について、詳しくは知らない。

 神様も教えてくれなかったし、ユリ姉も神器を見せてくれたことはないからだ。そもそも、俺たちもあれ以来、神器を形作ったことはない。

 だが、俺たちはなんとなくわかっている。

 ユリ姉に力をくれた神様たちは、一族という言葉を使っていた。

 俺と友莉奈に力をくれたイザナギとイザナミは様々な神々を生み出したが、その中でも、この日本という国にとって非常に重要な神々を生み出している。

 高天原たかまがはらを治める神、アマテラス。

 月の都を治める神、ツクヨミ。

 海を治める神、スサノオ。

 この三人姉弟の神は、後世に伝わる神器によって、姉弟の絆、神々たちの絆、そして神と人との絆を紡いできた。

 かつてアマテラスが天岩戸に隠れた時、神々たちは弟ツクヨミの治める月を象った玉を飾り、宴を開催した。そのおかげでアマテラスは再びこの世に戻り、岩戸から出てくるときにアマテラス自身を照らした鏡は、その後もアマテラスの希望の光を人々に届け続けた。アマテラスの岩戸隠れを引き起こした張本人であったスサノオは高天原を追われたが、クシナダヒメと出会い新たな絆を結び、ヤマタノオロチを打ち倒した際に手に入れた剣を姉アマテラスに献上し、姉との絆も結びなおした。

 

 他のものとつながり、手を取り合い、ひとつの形を作り出す、八尺瓊勾玉やさかにのまがたま

 人々に希望の光を以て道筋を照らす、八咫鏡やたのかがみ

 邪悪を打ち倒し、愛する者を守り、新たな絆を生む、天叢雲剣あめのむらくものつるぎ

 

 きっと、ユリ姉の持つ人の力を宿す三神器とは、この三つに違いない。

 優しさと強さ、それを以て俺たち家族の絆をつないでくれた、ユリ姉らしい三つの神器。どれが欠けても、ユリ姉という存在は成り立つことはないだろう。

 俺は、そう信じている--------

 

 永流、ユリア、友莉奈が美枷家で騒いでいるその頃、小湊家-------

 誰もいない家の中。そこに、ぽうっ、と二つの光が灯る。

「---------あの子たち、うまくやっているみたいじゃない。」

 ひとつの光から、女性の声が聞こえた。

「---------うーん、あれは、うまくやってるのかなぁ?」

 もうひとつからは、男性の声。

「何をいってるの、あなた。せっかく息子がモテ期だっていうのに。」

「いや、だってなぁ、姉と妹なわけで…。完全に息子に先を越されてしまった気分だ…。」

「あ・な・た?私が目の前にいることを忘れてなーい?」

「え!?いやいやいやいや忘れていないよ!!ただ何というかこう…ユリアは作ってすぐに美枷の家に行っちゃったし、友莉奈はそもそも私が生きてる間には会えなかったし…だからそのつまり…そう、娘をかわいがるという親の権限をなぜか息子にいつの間にか奪われていたとでもいうのか…つまりその…。」

 焦ったようにチカチカし出す、男性の声を発する光。すると、

「……ふふ。」

 女性の声を発する光が、おかしそうにくるっと回る。

「…え?」

「ふふ…ごめんなさい、あなたのその真面目すぎるところ、昔から変わらないわね。」

「うぅ…か、からかわないでくれよ…。」

 光は、徐々に形を得ていく。----三人の父と母の形に。

「----------あれから、本当にいろんなことがあったわね。」

「------そうだね。」

「私たちが本音を言い合えなくて、喧嘩して、離れ離れになって------子供たちにも、寂しい想いをさせてしまったわ。」

「私たちはそれから死ぬ寸前まで、お互いに分かり合いたいと思いながら、それができなかった。」

「----------でも、あの子たちは私たちとは違ったわ。ちゃんと分かり合って、認め合って…。」

「そして、奇跡を起こした。」

「あの子たちは------私たちが何を教えたりしなくても、生き抜く力を持っているわ。」

「そうだな。------------もう、私たちがすることは、何もなさそうだ。」

「ええ、私たちは、あの子たちの行く末を見守るだけよ。あとは、神様の言うとおり…。」

「…その新しい神様になりうるのが、うちの子供たちらしいんだけどね。」

「あら?そうだったわね。」

 父と母は、そろって笑いあう。

「---------そろそろ行こうか、私たちの行くべき場所へ。」

「------ええ、あなた。私たちも、ずっと一緒に-------」

 形作られた光は、再び形を失う。

 部屋が眩い光に包まれた。


 ユリアちゃん、

 友莉奈、

 生まれてくるときは言えなかったから------こんにちは。

 永流、

 お前は、

 あなたは、

 ユリアを、

 友莉奈ちゃんを、

 家族の輪の中に取り戻してくれた。

 お前たちは、

 あなたたちは、

 私たちの誇り。

 私たちの家族に、神の良き思し召しがあらんことを--------------


 光が消えた部屋には、静寂だけが残されていた。

 父と母は、ユリア、永流、友莉奈の三人を、いつまでも見守っていくのだろう。

 いつか子供たちの見たような、穏やかで優しい目を浮かべて----------------

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