第21話

 茹だる暑さはとうに過ぎ、茜色の海が夕方を告げる。煌々と照りつける太陽も、水平線の向こうでは頼りにならない。

「啓太がいなかったら、小説、書いてなかったと思う」

「僕だって」一息入れる。「絵なんか描かなかった」

「面白いね。運命みたい」

 そういう劇的な言葉を、陽葵は恥ずかしげもなく話す。

「でもさ、陽葵の父さんは映画監督だろ。仮に小説じゃなくても、何かしらは作ってたんじゃないか。影響されてさ」

「どうだろう。分かんない。お父さんと作品の価値観合わないし」

 堤防に座って、二人で海を眺める。「こういうの定番だよね」と、陽葵が話していたのを思い出す。

 会話が途切れても、気まずくならない。お互いに取り繕うような関係でもないし、寄せては返す波の音だって、充分に心地良い。

 それに、今更話さなければならないことだって、あと一つしかない。もちろん、想いを打ち明けるのではない。それよりも、僕たちにとって重要なことだ。

 夕日が沈むまで、くだらない雑談を交わした。何日分もの冗談を言った。町の小説家が、僕だけの幼馴染になった。嬉しかった。昔に戻ったようだった。

「自分の武器って、なんだと思う?」

 ふいに、陽葵が口を開いた。

「最優秀賞を獲ったときに、審査員の、尊敬する作家さんに言われたんだ。『自分の武器を見つけてください。書き続けてください』って」

「武器かあ」顎に手を当てる。「陽葵の武器は、小説だと思う」

「小説にも色々あるんだよ。伝える力とか、表現とか」

 陽葵が堤防に手を置く。僕の手に触れた途端、静電気が流れたように離した。

「ごめん」陽葵が俯く。「えっと、そう、武器だ。その、武器がさ、小説という世界の中だけの話なら、なんだろうなって考えてて」

 それが未だに分からないと、陽葵が呟いた。

「私には、何もないの」

 自嘲するような薄笑い。胸が苦しくなる。

「何をやっても、人並み以下。偏差値も低いし、泳げないし、気の利いた冗談だって、そんなに思いつかないし。ついでに、結構他人任せだしさ」

「でも」僕が口を挟む。「小説がある」

「小説しかない」

 陽葵が、空気をたくさん吸い上げた。しばらく息を止めて、ため息をつくように、ゆっくりと吐き出した。

「小説だけは、認めてもらえた。最初は啓太に。最終的には、うん。全国優勝」

「陽葵の小説、さ」励ますための言葉を探す。「僕は、凄いって思ってる」

 心が痛い。素直に「好きだ」と叫ぶには、歳を取りすぎたみたいだ。

「小説しかない。だから、小説の中にある武器を磨かなきゃいけない。それなのに、武器が分からないの。文章力か、構成力か、表現力か、独創性か……。どれだろう。ねえ、どれだろう……」

 答えることが、できない。

「みんな、私が全国優勝したからって、何も考えずに褒めてくれるから……」

 答えられない。なぜなら僕は、陽葵の小説が「刺さった」人間なのだから。

 はっきり言って、陽葵の小説は高水準だ。文章も良ければ、構成だって優れている。だけどそれは、自分自身の先走った感情に裏打ちするための言い訳なんじゃないか。今となっては、そう考えている。

 今更話さなければならないことが、あと一つだけある。僕たちにとって重要で、ゲームを完成させるには、きっと不可欠なことだ。

 だけど、僕の力ではどうしようもできない。陽葵の小説を、要点を捉えて批評する勇気が、観察眼が、この僕にはない。健全な批評だなんて、よく言ったものだ。

 僕の力では不可能だ。しかし、ツテがある。陽葵に「ちょっとごめん」と断って、一旦その場を離れた。ポケットからスマホを取り出して、もう慣れっこのタッチパネルを操作する。

 これなら陽葵を励ますことができる。それに、別件の用事も済むはずだ。

 スマホをしまって、また堤防に座る。

 夕焼け色に染まった陽葵の髪が、ふわりと風になびいた。

「ごめんね、陽葵」

 彼女からの返事はない。水平線と向き合ったまま、口を閉じている。

 僕もそれに倣った。今が何時かは知れない。社会から疎外されたような、自由と孤独の入り混じった感情に包まれる。

 ――今更話さなければならないことだって、あと一つしかない。

 それを切り出すなら、今しかないと思った。この機会を逃せば、陽葵は、唯一の武器である小説すら失ってしまう。自らの手で放してしまう。そんな気がしてならない。

 これから、陽葵の武器を守るために、陽葵の武器を傷付ける。

 たった一つの、話さなければならないこと。思い当たる節なら、何度もあった。

 ――本当に、『ナンバーワン』良かったの?

 不安げな陽葵の表情。

 ――三人。いや、四人とかだと思うけど、まあ。

 僕より最初に、『ナンバーワン』を見た人々。

 ――えー、二年一組、秋野陽葵さん。

 中学二年生で、全国中学生小説コンクール最優秀賞。

 ――落選したんだ。自分を否定されたみたいで、すっごく悔しかった。

 愛着を持って送り出した作品が、不甲斐ない結果で返ってくる。

 ――結果はね、絶対に嘘をつかないんだよ。

 その愛着を捨てて、結果に固執した陽葵の覚悟。

 ――私には、何もないの。

 でも、小説がある。

 違う。僕は思い違いをしていた。陽葵の実績を疑わなかった。なぜなら結果は嘘をつかないから。

 だけど、惑わされることならある。現に、僕は盲目になっていた。

 深く息を吸う。ゆっくりと、陽葵に顔を向ける。

「今から、最高に失礼なことを言う。ごめんなさい」

 先に謝ればいいって、思い込んでいる。僕は性格の悪い人間だ。

「ええと、陽葵。陽葵は、中二で最優秀賞に輝いた。そうだよね」

 陽葵が、ゆっくりと頷く。

「ずっと不思議だったんだ」

 陽葵の手が、ぎゅっと握られる。

「なんで、中三でも結果を残してないのかって」

 中二の時点で最優秀賞。それなら、中三では連覇を期待されるはずだ。

 受験勉強があったと言われれば、それまでかもしれない。実際、僕はその返事を望んですらいたのだ。

 だけど、陽葵は一向に口を開かない。弁明の言葉はない。

 それなら続けよう。現実を受け止めて、二人で前を向くために。

 二人でゲームを完成させるために。

「陽葵は、中三でも同じコンクールに応募した。そして落選した。僕の前に、あの小説を読んだ三、四人。それはコンクールの審査員だった。違うかな」

 陽葵が、そっと僕の手を取る。今度は離さなかった。

「その小説には思い入れがあった。なぜか。自分自身を題材にしたからだ」

 おもむろに、頷いてくれた。

「前に言ってくれたね。結果は嘘をつかないって」

「うん」陽葵が、こちらに目を向ける。

「その小説は、自分をモデルにして、努力をテーマに書かれた。だけど落選した。陽葵は、きっとこう思ったんじゃないかな。今までの努力や、書いてきた小説は無駄だったのだろうか。中二の最優秀賞は、まぐれだったのだろうかって」

 受賞がきっかけで、陰口を叩かれたのに。友達が減ったというのに。

「だから僕に、小説を続けるきっかけになった僕に、その小説を読ませた。僕は読者というか、信者だからね。批評のつもりだったけど、ずっと褒めてたんだと思う。あとは今まで話してくれた通りかな。みんなが同じものを想像するために、小説じゃなくて、もっと別の媒体を利用しようとした」

 ――『ナンバーワン』は、一番の自信作なんだ。

「そこで思い出した。中二の夏、僕がゲームのコンテストで落選したことに。ゲームなら絵も音楽も使える。小説より、空想を現実に落とし込める。それに――」

 そっと口を閉じる。僕の部屋にいたかったからなんて、自分で言うことじゃない。

「とにかく、ゲームを作って、自分が正しかったことを証明したかった。それは、最優秀賞が偶然だなんて思いたくなかったから。思われたくなかったから」

 陽葵には小説しかなかった。陽葵だって、特別な何かになりたかった。

「中三のコンクールで落選した小説。それが『ナンバーワン』だったんだね」

 左の肩に重みを感じた。陽葵の顔だった。すすり上げている。絡みつくように、僕の腕を強く抱きしめている。顔を何度も横に振って、鼻水を出す。袖が涙と鼻水まみれになる。

 構わないと思った。どうせ、このあと全身水浸しになるのだから。

「私、私ね」しゃくり上げながら、訥々と語る。「何も、なくなっちゃうって、思った」

「うん」

「信じたかったの。私、特別なんだ、って。だから、ね、ゲームにしよう、って」

「そっか」頷いて、話を聞く。

「ゲームなら、恨みっこ、ないもの。大事な、物語だったから。もっかい、勝負したくて」

「勝負ねえ」ダミ声を出す。「最初から、ゲームのコンテストに応募する気だったんだ」

 すると、陽葵が顔を上げる。「啓太の、リベンジにもなるし」と無理に笑っていた。

 だけど、まだ本調子じゃない。むしろ、ここからが大事な仕事なのだ。

 悩みを聞いた以上、僕には励ます役目がある。

 まず、陽葵に一つ頼み事をした。簡単なことだ。家から『ナンバーワン』を持ってきてほしいと伝えたのだ。不思議な顔をしながらも、二つ返事で受け入れてくれた。

 陽葵が遠ざかっていくのを見ながら、スマホを取り出した。そろそろ来てもおかしくない。事故か何かに巻き込まれていなければ、もうじきやってくるはずだ。

 ほどなくして、自転車のベルの音が鳴った。しっかりとライトを点けながら、立ち漕ぎで近付いてくる。口には不織布マスク。前カゴの中では、チャックの開いた鞄が揺れており、ビーチタオルが顔を覗かせていた。

 堤防に立てかけるようにして、高木は自転車を停めた。

「来たぜ」

「急にごめん」軽く頭を下げる。「ありがとう」

「驚いたよ。急に『濡れてもいい格好で来てほしい』って。海パン履いてきたけどさ」

 身軽な動作で、高木は堤防に腰を下ろす。「てか、松坂。マスクしとけ。通報されるぞ」

 通報とは、例のおばさんのことだろう。彼を安心させるために、屋外ではマスクを外してもいいのだと伝えた。

 もちろん、情報の発信源も教えておく。「高木の大好きな厚生労働省、直々の発表だ」

 その途端に、高木は勢いよくマスクを剥がした。にこやかな笑顔が浮かんだ。

「門馬は、都合が悪かったのか?」

 門馬は塾だ。本人を前にしては言えないが、好都合だった。実を言うと、門馬がいると、陽葵を励ませなくなってしまう可能性があったのだ。

 友達と幼馴染の優先度を決めるなんて、こんなトリアージは二度としたくない。

「じゃ、二人か」高木が少し控えめになる。「入るんだよな。海」

「うん。濡れてもいい格好って書いたし」

 解せないといった風に、高木は怪訝そうな面持ちになった。

「どうして、俺しかいなくても、海に誘ってくれたんだ?」

 ――松坂。高木が本当にやりたいことを、一緒に考えてくれないか。

 門馬からの言葉を思い返しながら、高木と向き合った。

「元々水泳部だ、って言ってたよね」

「ああ……」高木が、少し目を伏せる。「確かに、言った」

「たまにはな、高木が得意そうなこと、やらせてあげてもいいかなって」

 わざとらしく舌を出す。内心、怒られないか不安だった。

 ところが、当の高木は、みるみるうちに生気を取り戻した。やがて目に光を宿し、満面の笑みを浮かべた。

「言ったな!」高木が服を脱ぎ捨てて、砂浜に勢いよく飛び降りる。「ついてこいよお!」

 息をつく暇もなく、高木が海に飛び込んだ。慌てて僕も追いかける。海パンなんて準備していないから、着の身着のままで水に入る。あとのことは、あとで考えよう。

 ――あいつにはもっと、自分の武器を活かせることをさせてやりたい。

 保健室で聞いた、門馬の心情。ずっと考えていた。昨日の夜、ようやく気付いた。

 ――あいつ、勉強と水泳馬鹿で。

 高木の得意分野は、勉強と水泳。そして、南高は勉強ができるやつらの集まりだ。

 それなら、高木の武器は水泳だ。

 新型ウイルスで水泳部は活動中止。打ち込んでいた水泳ができなくて、うずうずしているに違いない。それなら海だ。できるだけ早く誘ってやろう。そう思っていた矢先の今日だ。ゲリラ的だけど、ストレスはとっとと発散した方がいい。

 それにしても、服が水を吸って、どうしようもないくらい動きにくい。仕方がないので、一旦陸に上がる。高木はというと、元気そうにバタフライをしていた。

 まさに羽を伸ばしている感じだ。高木が蝶々に見えて、面白くなってくる。

 少しして、陽葵が戻ってきた。原稿用紙を携えている。「なんでびしょ濡れなの?」

「聞いて驚くなよ。服を脱がなかったんだ」

 髪をかき上げながら、高木が海から上がってくる。陽葵を見るなり、満足げに頷き出した。

「おお、噂の彼女」

「だから違うって」慌てて訂正したくなる。「陽葵は僕の――」

 幼馴染と言いかけて、やめる。危うく口を滑らせるところだった。高木がにやにやしてくる。どうして、なんでもかんでも恋愛に絡めたがるんだろうか。

 ひとまず、陽葵と高木を会わせることには成功した。まず僕は、陽葵に高木の紹介をする。よく遊びに誘ってくるやつだと説明すると「ああ、なるほど」とすぐに理解してくれる。

「そんで」高木が陽葵に顔を向ける。「こちらの女性は?」

「あ、申し遅れました。私――」

 すんでのところで制止する。陽葵に訝しげな顔をされるが、気にしない。

「なあ」高木と目を合わせる。「この人が、誰だか知ってるか」

 すると高木は、どこかで会ったことがあると思ったのか、顎を手に当てた。記憶を遡っているのだろう。海パン一丁の男が思考を巡らせるのは、滑稽に見えて仕方がない。

「誰って。え、引っかけ問題?」高木が問う。

「ガチだよ。ガチで答えてほしい」

 不思議そうな顔の陽葵が、僕と目を合わせてくる。安心させるために微笑んでみせた。

 陽葵のことを高木に問いかけたのは、絶対に必要なことだからだ。陽葵を励ます上で、避けては通れないといってもいい。

 高木は必ず、あの答えを出す。そしてそれこそが、立派な証拠になる。言うならば、陽葵が今、最も必要としている言葉に違いない。

 ぐるぐると歩き回っていた高木が、ふと、足を止めた。

「だから、松坂の彼女だろ」

 予想通りだ。陽葵のことを、僕の彼女だと思っている。

 追い打ちをかけるために、誘導尋問をした。「名前は知ってるか」

「知らん知らん。初めて会ったんだから」

 そう、高木は秋野陽葵を知らないのだ。

 ――さっきの秋野のことすら知らなかったし。もう、教える気力も湧かなかった。

 門馬の話は本当だった。元々、高木は勉強と水泳馬鹿で、それ以外のことには無関心。高木がそうであるように、門馬も高木のことをよく見ている。それが功を奏した。

 陽葵が今、最も必要としている読者。すなわち、陽葵が全国優勝をしたと知らない人物。高木は陽葵を知らない。それだけで、『ナンバーワン』を読む適性がある。南高の生徒なのだから、文章を読む力は充分だろう。

 更にもう一つ。高木と映画館に行ったときのことだ。

 ――まず高木は、なんでも加点方式で考える性格だと打ち明けた。そっちの方が楽しいからだとか。

 加点方式。『ナンバーワン』の武器を探すのにぴったりだ。高木以上に、陽葵の小説を読むのにふさわしい人物がいるだろうか。僕を含めても、いないのだ。

 陽葵が目を合わせて、一度頷いてきた。僕の意図を汲み取ってくれたようだ。高木に向き直り、自分のことを「栗紅葉」と紹介する。

 間抜けそうな顔をする高木に、僕が「あいつ電波系なんだ」と補足する。今度は不思議そうな表情になった。どうやら電波系という単語は、ネットでしか通用しないらしい。「不思議ちゃん」に言い換えておいた。

 滞りなく進んだ僕の計画だが、ここに来て問題が発生する。夜が近付いて、陸風が吹いてきたのだ。これでは『ナンバーワン』が飛ばされてしまう。

 ひとまず、僕の家に避難することにした。

 高木のタオルを借りたが、服は完全に乾かず、母さんに「馬鹿じゃないの」と罵られた。高木と陽葵を部屋に案内して、僕はさっとシャワーを浴びる。客人を放置するのが面目ない。

 中学ジャージに着替えて、部屋に向かう。だいぶ待たせてしまった気がする。急ぎ足で階段を上る。

 ドアノブに手をかけたとき、高木の声が聞こえてきた。部屋に入るのを躊躇した。

「めっちゃくちゃ良いな。もう、ビックリよ。目ん玉飛び出そうになった。完結してないのが残念だよ。早く続きが読みたい」

「ありがとう」陽葵がよそ行きの高い声で喋る。「どういうところが、一番良かった?」

「ええ、そんな、全部良かったけどなあ。ううん、そうだなあ……」

 沈黙が訪れる。扉を隔てた先の友人に、僕は幼馴染の命運を託している。

 文章が綺麗だったと言えば、陽葵は本気で文筆家を目指すだろう。面白さが一番だと言えば、シナリオライターや脚本家の道も開く。独創性なら、文芸という手段にこだわる必要さえなくなるのだ。

 陽葵にとって、高木は幼馴染の友人でしかない。されど、自分の実績を全く知らない、貴重な読者の一人でもある。彼が発した一語一句さえ聞き逃さない覚悟だろう。

 やがて、「俺は」と聞こえてきた。耳を澄ます。

「俺は、キャラクターだと思う」

 キャラクター。文章でも、構成でも、表現でも独創性でも、どれでもない。

「動いてる。頭の中でさ、くっきりと動いてるんだ。本当に生きてるみたいだった。特にお母さんが弟を褒めるところ。マジですげえよ。見てるこっちまで、胸が苦しくなった」

「そこはね」陽葵が声を弾ませる。「啓太も良いって言ってくれたんだ」

「やっぱり? 分かってんなあ。さすが松坂」

 自分のいないところで自分が話題になると、どうも気恥ずかしい。呼吸の音が大きくなりそうで、部屋から一歩だけ距離を置く。

「でも、えっと」高木が、声を少し低くした。「改善っていうか。思ったこと、あるんだよ。ただ、話していいのか分からなくて」

「なんでも話して」

 静寂は、体感にして十秒ほど続いた。

「これさ……」

 高木が、喋り出す。

「キャラ、足りなくないか?」

 足りない。予想外の方向から指摘が飛んできた。今まで考えたこともなかった。

「まず主人公だろ。そして、なんでもできる弟に、主人公のポンコツ具合を笑う友人と、心配する友人。出番は少ないけど、姉弟を区別する母親もいる。まあ、この五人が主要人物なのかな」

「そうだね」陽葵が不安そうな声を出す。

「主人公の劣等感を表すだけなら、このメンツでいいと思う。てか充分すぎる。だけどさ、なんっていうか。ごめん、ちょっと、言葉まとまってない」

 唸るような声が聞こえてくる。高木は何を考えているのだろうか。

「分かった」ふいに高木が声を上げた。「主人公がさ、誰にも愚痴を言えないんだ。地の文が上手いから表現できてるけど、一人でこんな苦しんでるのに、誰も真正面から向き合ってくれないなんて、おかしいぜ。大事な人物が四人もいるのに」

 ――ちゃんと、本音でぶつかってくれるやつを、もっと大事にした方がいい。

「主人公は女子中学生だよな。で、何もできない以外は、普通の女子らしい。それならさ、強がってるけど、所々で弱さを出してる気がする。それに自分で気付いてない感じだ。だから、結構不自然だったというか。ああ、ごめんな、ケチつける気はなくて」

「続けて」陽葵の鋭い声。「聞きたいんだ」

 少しの間を置いて、高木が話を再開する。

「完成度はめっちゃ高い。でも、あえて付け足すなら、友人以上に仲良しな人物を出すべきだと思う」

 シャワーを浴びたのに、なんだか寒気がする。家にいるからか、つい大きなくしゃみをした。しまった、と口を塞ぐ。もう遅い。

 少しして、部屋から二つの笑い声が聞こえた。馬鹿にされたらしい。

「ああいうキャラだよ。必要なのは」

 高木は、芯のある声で言った。

「要は、アホみたいな仲良し」

 陽葵が噴き出した。「アホみたい」は、僕たちの間では禁句なのだ。

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