第3話 "私は貴方のもの、貴方は私のもの #1/2"
「あらあら、うふふ、すっかり馴染んでいらっしゃいますね」
高ぶる気持ちの赴くまま、紗雪が許すのをよいことに、クッションの上に身を起こさせ、さらりと手を滑る絹糸のごとき髪を梳き、彼女を左腕に抱きかかえ、宝石花に囲まれ過ごすことしばし。
ようやく落ちつき扉へ向かおうと踵を返すと、ミキさんがそーっと、うっすらと開いた扉の隙間から覗き込んでいた。
彼女、紗雪の目覚めはみられていなかったと確信しているが、その後の長い己の痴態はどうやら見られていたらしい。
「紗雪、気が付いてた……?」
「彼女が見ていたことなら、ええ。」
「Oh」
血を与え目覚めを促し、同意をもって契約が成立。
魂の回廊とやらが繋がり、挙句彼女に名付けを行った事になっているらしい。
全てが舞い上がる思いの中での無意識の行動だったため、自覚がない。
その後の、耐えがたいほどに心の奥底からこみ上げる愛おしさに負けての痴態といったらもう。
「人形種については基礎知識の入力もないことと思います。説明をいたしますので、ミキについていらしてくださいね」
と、隣のこれまた格調高い木製家具に囲まれた部屋、応接室に案内される。
ソファに並んで座ると、といっても身長差が激しいのだが、見計らったかのように
紗雪の前には人形サイズと思しきミニサイズの白磁のティーカップと、お茶請けのクルミの香りがするクッキー。
しっかりナオの前のものとお揃いの陶器セットだ。
「ナオ。オーナー、届かないわ。お膝に乗せてくださらないかしら」
気に入ったらしい”オーナー”という呼びかけと共に、ふにふにと手を交互させ、座るナオの膝によいしょ、とよじ登り、腰を落ち着ける。
軽いながらも存在感を示す体重に、えも言われる幸福を感じながら、彼女が届くように机の上、右隣りに置かれていた彼女のティーセットを引き寄せる。
厚手のドレス生地の奥に、硬質な肌の質感や球体関節の膨らみを感じ、小さなだけの人のようと感じる紗雪が、人形なのだと実感する。
「これは、気が付きませんで、失礼を」
そっと膝の位置を座りやすい高さに調整しつつ、少し
しばし微笑ましげに見つめるミキであったが、ようやく表情を改め、軽い咳払いとともに話を始める。
「通常パートナーとなる異星体はアバターと呼ばれる疑似的に形成された肉体にその存在を移し替え、この地球上で活動します。アバターは人類の空想から生まれた存在の姿をし、空想探索者のパートナーであれば探索者本人のランクにある程度合わせた能力上限を枷として掛けられます。例えば、森霊種、通称エルフのアバターを選び、魔法と弓を併用する戦闘方法をとり、ともにダンジョンを攻略するといった具合です。アバターの損壊は異星体本体には影響を及ぼさず、いわば探索者が生誕前に架空世界を経験する、VRMMO経験のようなものに似ています。あ、探索者本人はあくまで現実の肉体。魂や記憶の複製、バックアップの保管は異星体の技術をもってしても実現不可能とされていますので、命を大事に、ですよ」
優雅な手つきでカップを手に取り、そっと喉を湿らすミキ。音一つ立てず、そっとカップをソーサーに戻す。
「基礎記憶に機械知性体は搭載された論理演算ユニットによって異星体の魂を転写、アバターとして適合する。というものがあるでしょう?それ、半分は嘘。そういうケースがあるのも事実なのだけれど、この記憶情報が一種の隠れ蓑になっているるのです」
人類へ開示されない機密情報らしきことへ踏み込み始めるミキに思わず不安な眼差しを送るナオ
「あ、人形種との契約成立をもって、限定的に機密解除されているから大丈夫よ♪ もちろん漏洩防止措置は施されているからそのつもりでね。人形種という言葉も、口にすることは不可能だから。でね、機械知性体をはじめ、いくつかの異星体によって作り出された種は、魂の転写先、器となることもできず、アバターとしても成立しない。で~も。魂を持つ種の中に極々まれに波長が合う、というのかな? 存在が顕れることがあるの。これは異星体からは不思議と生まれず、この地球人類を含む、娯楽惑星や資源惑星の在来知性体に限定されるらしくてね。こうして波長の合う存在と契約を結ぶと、その機械知性体や人形種等はやがて独自の魂を持ち、異星体と同じ位階にまで育つ可能性があるといわれているの。実例は残念ながら見たことも聞いたことも無い、それこそ
今度はクッキーを手に取り、小さく口を開きパクリ。と、思いきや、いつの間にかなくなっている。
「むぅ」
膝上から可愛らしいうなり声が漏れる
「どうしました?」
「なんでもないわ……」
紗雪の眼差しを追いかけると、食べる間に零れ落ちたらしいクッキーの粉が点在
「紗雪さんはまだ意識を持たれてすぐですし、お作法はこれから慣れていけばよいのですよ~。淑女の道も1歩から、です♪」
うん?まあ、ちょうど撫でやすい高さにある柔らかな手触りの小さな頭を、髪を乱さぬようそっと撫でさする
「オーナー? ひ、人前なのですわ/// そういうことは、もっとプライベートな空間で!」
人目が無ければ許してくれるのだろうか。良いことを聞いたと、ほくほく顔を隠しつつミキに先を促す。
「そうして位階を上げ、魂を宿したこれら種の個体は、異星体の構成員として迎えられるそうよ。こうした魂の創造とも呼ぶべき事象も、空想探索者を擁する一つの隠された目的。だからね、ナオさん、頑張って♪」
「ちなみに人形種と機械知性体以外にも、そうした種はあるのですか?」
「あるかもしれないし~、無いかもしれないね~」
機密という事なのだろう。そして一つの、ということは、他にも隠された目的があるのだろうが、まあ、開示してはもらえまい。
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