俺と先輩の文芸部の日常とか

カイ

「君はハーレムについてどう思う?」

 放課後の部室。

 校舎の空き教室を借りてひっそりと活動をしている俺達。

 部員も毎日来ても来なくても良い自由さのお陰で疎らに人が集まるこの部屋には、今日は先輩と俺だけがいた。


「ハーレム……ですか?」


 呆けたように言葉を繰り返してしまった。

 その時の俺は本の間にスマホを隠しながら、ポチポチと執筆をしていた。ようやく物語の佳境に到達した手応えを感じていたものだから、その感慨深さに浸ったせいで反応が遅れた。

 そんな俺の様子を気にすることなく先輩は「うむり」と鷹揚に頷きながら言葉を続けた。


「私も流行りに乗っかるべきかと思ってWEB小説を漁っていたのだが、猫も杓子もハーレムハーレム……正直、食傷気味になってた所なんだよ」

「まあ、言わんとすることはわかります」


 男は大体、ハーレムが好きな生き物だからね。所詮我々は皆、下半身の聞かん坊に支配されてる哀れな奴隷にすぎない。


「そこでふと。おや、確か後輩くんは異世界物を書く割にハーレム書かないな? なんで? チ◯コ持ってる? と気になってしまってね」

「お止めなさい。はしたない」


 ノーフレームのメガネが素敵なくーるびゅーてぃーからそんな言葉が飛んでくると心臓に悪いよホント。


「そういう訳で君のハーレムに対する見解を聞きたくなってね」

「サラッと戻らないでください全く……」


 しかしハーレム……ハーレムね?


「ぶっちゃけて言うと、俺もハーレムはそこまで好きじゃないですね」

「おや、そうなのかい? ……大丈夫? ある?」

「何がとは聞かないですからね」


 先輩の軽口をいなしながら続ける。


「男の本能として否定するつもりは無いですけどね? ただ、硬派を気取るわけじゃないですけど、ハーレムって要素が物語のノイズになりがちだなって思っちゃうんですよね」

「逆説的に言えば、ノイズにならなければ受け入れると」

「有り体に言えば」


 ハーレムを形成する上で出てくる主人公の難聴みたいな、物語のご都合が出てくるとどうしても受け入れにくい。

 ハーレムが出てる上で面白いお話があるのは承知の上だが、全体的に自分は苦手よりだ。


「複数の女性を侍らせたくないと?」

「全く無いとは言いませんけど、どちらかと言えば一人の女性と仲を深める方が好きです」

「情熱的だね」


 俺の物語の好みがいわゆる恋愛のイチャイチャであることも大きな要因だろう。

 異世界物とか無双とかそういうのも嫌いじゃないが、そういう物は大抵ハーレムだから相性が悪いことが多いのが悲しい。もっと気軽に楽しみたいとは思う。


「顔に似合わず中々にロマンチストだものね、君」

「余計なお世話です」


 とまあ、それが俺の考え。

 ハーレムは否定しないし嫌いではないが、自分の好きな話の展開と相性が悪い。

 そんな感じ。


「いかがでしょう? 求めた答えは得られましたか?」

「参考になったよ。ありがとう」


 顔に似合ったきれいな微笑みにドキッとさせられるが、そこで先輩は「だけど」と続けた。


「残念ながら疑問の解消には繋がらなかったね」

「というと?」

「ハーレムが流行ってる理由だよ」


 左手に持ったスマホをひらひらと揺らしながら、先輩は本当に不思議そうに続けた。


「ハーレムが人気なのは分かる。男の本能は女の身空な私には想像し難いが、相当なパワーがあるとは推察できる」

「まあ、ですね。はい」

「だけど世の中は一夫一妻。最終的には一人を選ぶのが常だし、私の主観だが女性主人公だと一人の男性を選ぶ傾向が強い。

 なのになぜハーレムはこれほど市民権を得ているのだろう? 単に男性の性欲が強い、で強引に片付けてもいいんだが、本当にそれだけなのかな? といった感じでね」

「なるほどですね」


 思ったより深く思索していた。

 そこまで考える暇があるなら、もうすぐやってくる文化祭用の原稿を考えてもいい気もするが……

 いや、考えたからこんな深みにハマったのかな?

 しかしまあ、なるほど。ハーレムが流行ってる理由か。

 そういや昔、兄貴が蘊蓄を語ってたっけ。

 確か内容は……


「カッコつけるなら、ヒロインを不幸にしないため、ですかね」

「うん? 話のつながりが見えないが」


 不思議そうにこちらに顔を向けた先輩に話を続ける。


「前に兄貴から聞いたんですけど、昔のWEB小説って、むしろハーレムが叩かれてた時代があったそうですよ」

「なんと。今の状況からは信じられないね」


 俺も初めて兄貴に聞いたときは驚いた。

 にわかには信じられないが、本当にハーレムと言うだけでワラワラと叩き棒にさらされる時代があったらしい。

 ネットの黎明期を知ると語る兄貴は続けてこう語ってくれた。


「それが変わったのは、とあるギャルゲーが流行ったからだそうです」


 そのギャルゲーはご多分に漏れず複数のヒロインが出る。

 そして最大の特徴は、それぞれのヒロインには相応の悲劇が待ち受けているが、主人公によってその運命が覆される。

 そうしてハッピーエンドを迎えてめでたしめでたしとなる。

 ところが問題点が一つあった。


「そのギャルゲーは、ヒロインを誰か選ばなければいけない。そして、選ばれなかったヒロインと主人公は関わることはない」

「と言うことはつまり……」

「選ばれなかったヒロインは悲劇を回避できないんです」


 兄貴曰く、それぞれのヒロインがたどる運命は、どれもこれも悲惨なものを想起せざるを得ないものだという。


「主人公が特定のヒロインを選んでしまったら、他の娘は救われない。だから選ばれなかったヒロインを救う二次創作が流行ったそうです」


 当時は動画サイト等もなく、画像も重すぎてロクに読み取れないので、WEB小説がネットにある唯一の娯楽だったらしい。

 件の二次創作も、必然WEB小説となる。


「そして、ヒロイン救済を考えてたどり着いたのは、主人公がヒロイン全員を救うため、ヒロイン全員を選ぶ道」

「つまり、ハーレムであると」

「です」


 自分の邪な思いの表れではなく、ヒロインの救済のためのハーレム。

 この思想は徐々にネット民に受け入れられたらしい。


「その時からハーレムは市民権を得て、今に続くハーレムへの寛容に繋がったそうです」

「なるほど。始まりは不幸なヒロインを救いたいという純粋な願いからだったんだね」


 先輩は感慨深げに頷いた。

 ただ、今となってはそれが行き過ぎて、ヒロインは全員主人公のものだって思想に行き着いてる気がする。

 昔聞いた揶揄ではハーレムヒロインのことを主人公のトロフィーだと称したりしていたが、正直否定できない自分がいた。

 ヒロインを案じできた救済が、今ではヒロインの自由を奪う道につながるとはなんて皮肉だろう。


「面白い話だったよ。ハーレムも一概に否定できるものじゃないんだね」

「ですね。まあ、正直なところ、今のネットにあふれるハーレムは、初期のそんな思いとはかけ離れてるとは思いますが」

「そうだね……」


 話が一段落した所でチャイムが鳴った。

 今は予鈴だから、本鈴が鳴るまでに下校しなければならない。他の部活なら片付けなり何なりで忙しなくなるのだろうが、俺達はカバン一つを持つだけで済むから気楽なものだ。


「帰りましょうか、先輩」

「うむり。そうしよう」


 俺が立ち上がると先輩も立ち上がろうとしたが、そこで何かを思いついたようににやりと笑い、俺に目線を向けた。


「エスコートを頼むよ」


 そう言って右手をこちらに向けた。


「くれぐれも丁重に扱ってくれたまえ」


 拒否すると先輩に負けた気がするので応じることにした。


「では、お手を拝借」


 先輩の右手を取り、負担にならない程度にゆっくりと引き上げた。本当は腰でも支えたほうが良いのかもしれない。でもそこまで触れ合う関係じゃないから、できるだけ優しく引き上げるにとどめた。

 そんな拙い俺に対して先輩は満足そうに頷いた。


「やはり紳士だね。さすがはロマンチスト」

「からかわないで下さい……」


 やはりハーレムは俺の手に負えない。

 たった一人の女性にこうも翻弄されては、複数の女性とだなんてとても身が持たない。

 俺の手を離してくれない先輩の横で、そう思った。

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