第32話 自分がしたいこと

ふぅ、良い汗をかいたな。


ただ……少しやりすぎたか?


目の前には今にも死にそうなエレンがいた。


「ぁ……ぅ………」


「し、しっかりしろ!」


「だ、大丈夫ですぅ……」


「大丈夫なわけあるか!」


俺はエレンを担いで、急いでセレナ様の元に向かう。

そしてどうにか治療を終え、エレンが寝息を立てる。

当然……その後はお説教である。


「アイク? 流石にやり過ぎかと思います」


「……すまない」


「もう、エレン君が起きたらきちんと謝ってくださいね」


「ああ、もちろんだ」


「じゃあ、私からは以上です」


そう言い、微笑む。

以前は小言を言うと謝ってきたが、最近は無くなってきた気がする。

気安くなってきたと思って良いのだろうか。

すると、下からセレナ様が顔を覗き込む。


「な、なんだ?」


「なんだかスッキリした顔だなと思いまして」


「父上が帰ってきたからかもしれん。セレナ、改めて感謝する」


流石にセレナ様に弱音を吐くわけにはいかない。

そんなことは前世の俺が許しはしない……だから落ち着けって。

時折、感情が溢れてきて困る。

今だって上目遣いとか反則だし。


「い、いえ、私が受けた恩に比べたら……」


「いや、最早こちらの方が借りがある」


「そんなことありませんっ。私は貴方に人生を変えてもらったのですから」


「それはこちらのセリフだ」


「「………」」


暫く二人で沈黙で見つめ合い……そして苦笑する。


「ふふ、変なの」


「全くだな」


「そういえば……アイクは今後、どうするのですか? その、一応アルヴィス様が目を覚ましたわけですが」


「丁度、その件について考えていたところだ」


「では、少しお茶にしましょう。ここで話してると、エレン君に迷惑ですし。後……実は少し聞いて欲しいことがあります」


俺は頷き、場所を変えることに。

元いた縁側で待っていると、セレナ様がお茶を持ってくる。

そして暖かい日差しの中、二人で並んで座った。


「さて……先にセレナの話を聞こう」


「ずっと考えていたのですが……一度、学園に戻りたいと思います。これで恩を返せたなどとは思いませんが、少し自分に自信というか、見直す時間が出来ました」


「こちらとしては十分だが、とりあえず理由はわかった。それで、改めてやりたいことでもあると?」


「はい。王妃には必要なかった経営学や魔法の鍛錬もそうですが、狭い世界しか知らない私はもっと学ばなければいけないと思います」


その目は真っ直ぐで濁りはなく、心から望んでいるようだ。

だったら、俺のすべきことは決まっている。


「そうか……ただ、危険もあるぞ?」


「ええ、分かってます。ですが、ずっとここにいても前には進めないって。皆さん、優しい方ばかりで居心地が良すぎますわ」


「そうか……」


「ただ、またきても良いですか?」


「無論だ。アスカロン家はいつでも貴方を歓迎する」


そして彼女は一言も俺に助けてとは言わなかった。

それが推してあることを誇らしくもあり、少し寂しくもある。

だったら、こちらにも考えがある。


「ありがとうございます……それで、アイク様の今後は?」


「セレナのおかげで、もう決まった」


そうだ、彼女の安全はまだ保証されたわけじゃない。

もしかしたら未だに破滅する運命にあり、それが降りかかる恐れがある。

当主故に好き勝手には出来ないと思い、色々と策は練ったが……今なら自分の思う通りにやれる。


「へっ? ど、どういうことでしょうか?」


「俺も俺のやりたいようにするということだ」


「えっと……よくわかりませんが応援しますね」


「ああ、ありがとう」


それに俺は当主としては勉強不足だし、まだまだ世界も狭すぎる。


ならば学校に通い、見聞を広めるのもこの先には必要だろう。


何より……彼女を奴らから守らねばなるまい。


推しである彼女が、平穏無事に学園生活を過ごせるように。


そう決心した俺は、慌てて父上の元に戻るのだった。

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