第31話 父の思い
部屋を出た俺は再び庭に行く。
そこには一心不乱に素振りをするエレンの姿があった。
使用人専用の部屋で暮らしているが、こうして顔を合わすのは久しぶりだった。
エレンは雑用で忙しいし、俺はバタバタしていたから仕方ないが。
「エレン」
「これはアイク様!」
「すまん、中々顔を合わす機会がなかったな」
「いえ、アイク様はお忙しいですから。それに、屋敷の人達も良くしてくださいますし。きちんと三食食事を頂き、改めてアイク様に感謝いたします」
良く良く見てみると、顔色や体つきが少し良くなってる。
それに言葉遣いや姿勢も良くなっていた。
適度な食事と運動、そしてオイゲンの指導の賜物だろう。
何より、本人が頑張ったに違いない。
「いや、それくらいは当然だ」
「あの……何かありましたか?」
「ん? どうした?」
「気のせいでしたら良いのですが、何か落ち込んでいるような……」
なんということだ。
まだ知り合ったばかりのエレンにまで見抜かれるくらいか。
自分が想像していた以上に、父上の言葉が効いたらしい。
「少し自分の未熟さに嫌気がさしてな……」
「アイク様はご立派ですよ!」
「しかし、俺は……」
「誰がなんと言おうとアイク様は俺の憧れです!」
その目は真っ直ぐで濁りがない。
……俺は落ち込んでる場合か。
ならば、今以上に鍛錬を積んでいけば良い。
いつまでも過ぎたことを考えても仕方ないではないか。
「そうか……よし、手合わせをするか?」
「えっ? よ、よろしいのですか?」
「ああ、無論だ。さあ、かかってこい」
「はいっ! お願いします!」
そうして軽い打ち合いを始める。
だが次第に熱を帯びてきて、闘争心に火がつく。
受けに回っていたが、木刀でエレンを弾き返す。
「どうした! そんな切り込みでは敵一人倒せないぞ!」
「くっ!?」
「下がるな! 腕がないのに気持ちで負けたら終わるぞ!」
「っ……ァァァァァ!」
「そうだ! それで良い!」
がむしゃらに剣を振ってくるが、今はそれで良い。
腕以前の問題で、戦場では生きる気持ちが大事になってくる。
俺はそのことをエレンに教えられ、改めて自分のことについて考えるだった。
◇
~アルヴィス視点~
……少し言い過ぎたか。
いや、しかし……あれくらいで凹むようではアスカロン家の当主は務まらん。
ワシが首を振ると、オイゲンが怖い顔をしていた。
「アルヴィス様、アイク様は貴方が寝ている間、必死に頑張っていました。もう少し労いの言葉をかけてあげても良いのでは?」
「……わかっておる、彼奴が良くやってくれたことは。本当に良くやってくれたと思うし、手合わせしてわかったが強くなった。恐らく、ワシの若い子頃より強い」
「では、なぜですか? まさか、気恥ずかしいとか言いませんよね?」
「そんなことは……ないとはいえんが、それだけではない」
本当は馬鹿正直に褒めてやりたい。
だが、それでは彼奴は止まってしまうかもしれない。
歴代最強になれる器があるというのに、それでは勿体ない。
そして最強になるには強さばかりではダメじゃ。
「と言いますと?」
「ワシが不甲斐ないばかりに、彼奴には苦労をかけた。本来なら彼奴は学生の身分、もう少し自分の考える時間をやろうと思ってな」
「ふむ、そういうことですか。敢えてきつく言い、まだ自分を当主の器ではないと思い込ませた……つまり、アルヴィス様が当主に返り咲くのですか?」
「いや、そんなせこい真似はせんよ。今度はワシが当主代行という形を取るまで。彼奴も、やりたいことの一つや二つあるだろう」
「ほほ、まだまだお若いですからね。そういうことでしたら、手筈を整えておきましょう」
「うむ、よろしく頼む。その間に、ワシは身体を整えるとしよう」
そして……大恩人であるセレナさんにも礼をせねばなるまい。
彼女が望むような人には見えないが、それではアスカロン家の矜持に関わる。
それらを含めて、我が息子に期待するとしよう。
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