第4話 ノブレスオブリージュ
よし、これで彼女は平気なはず。
一目会いたかったが、あの彼女の性格上、俺に恩を返そうとしてしまうかもしれない。
だから、このまま去るのが一番だろう。
後は遠くから彼女の幸せを祈るだけ、それが推しってものだ。
そんなことを思いつつ、まずは厩舎にいる愛馬の元に向かう。
「すまん、待たせたな、オルトス」
「ブルルッ!」
黒い巨体を誇る相棒が、鼻息を荒くして反応する。
その姿は『遅かったな』と言っているようだ。
ひとまず、俺がいない間も世話はやってくれていたようで安心だ。
「予定より長い滞在になったが、そろそろ領地に戻るぞ」
「ブルルッ」
「さて、うるさい連中に捕まる前に行くか」
国王陛下を疑うわけではないが、公爵家や王太子が難癖をつけてくる可能性もある。
また何処か別の良いところに嫁ぐであろう彼女の邪魔はしたくない。
当然、俺のような血生臭いバーサーカーではなく。
何より物語が終わった今、彼女は幸せになるべき人だ。
「急いで帰らないと領地が心配だな……というか、絶対に怒られる」
脳裏に浮かぶ妹と執事長の顔を思い出し、背筋が寒くなる。
騎士ともあろう者が、王太子を殴ったのだから。
「まあ、後悔はしてない。とりあえず、謝るしかないか」
そんな憂鬱を抱えつつ王都を出て、夕方になる頃に野営の準備をする。
その時にふと、自分が転生をした意味を考える。
「そういえば、どうして俺は転生したのだろう?」
今更ながらに考えるが、当然ながら答えは出ない。
あえていうなら、彼女を救うために思い出したという感じか。
それ自体は良かったし、別に不都合もないから良いか。
「記憶が戻ったとはいえ、ほとんどアイクのままだしな」
持ってるのは前世の価値観、積み重ねた経験くらいだ。
これなら、そんなに違和感を与えることもないだろう。
そんなことを思いつつ、焚き火を眺めるのだった。
そして三日目の夕方になる頃に、小さな村を発見する。
流石に三日続けての野宿は避けたいので、泊まれるか確認をすることにした。
山賊や盗賊と間違われてはいけないので、堂々とゆっくり馬を近づける。
「何者だっ!」
「待て! 槍を向けるな! この服装にこの馬は……貴族様では?」
「驚かせてすまない、確かに貴族ではある。泊まるところを探しているのだが、村長はいるだろうか?」
「き、貴族様!? も、申し訳ありません!」
「どうか、この者はまだ若いのでお許しをくださいませ!」
しまった……そうだ、俺の容姿と雰囲気は他人に恐怖を与えてしまうんだった。
見た目は珍しい黒髪だし、身長も190くらいあるし体格も悪くない。
それに年齢的に、少し横柄な部分……何処かで調子に乗った部分があった気がする。
こう、ヤンキーが風を切って歩くみたいな。
というか、今更だが記憶を取り戻す前はそんな感じだった。
客観的に見れば十六で英雄とか呼ばれるので仕方がない部分もある。
俺は意図的に圧を抑え、優しく相手に話しかけることした。
「いや、気にしないでくれ。アスカロン家当主として、民を守ることはあっても虐げることはない」
「もしや……アイク様!?」
「あ、あの、若干十五歳の時に、若手の部にて王都の剣大会で優勝した?」
「ああ、それで合っている。ちなみに、これが証拠だ」
背中から、アスカロン家当主だけが持つことを許される魔剣アスカロンを抜く。
この柄の部分には、アスカロン家の家紋であるドラゴンの紋章が入っている。
初代が、ドラゴンを倒して国を救ったことに起因してるとか。
「た、確かに! すぐに村長に知らせてくる! これは天啓かもしれん!
「は、はい! お願いします!」
そう言い、年老いた兵士が村の中へと入っていく。
どうやら、何かがあるらしい。
「ふむ、何かあったのか?」
「は、はい、実は……ゴブリンの巣が近くにできてしまって」
「なに? ……いつからだ?」
妖魔族の一つであるゴブリン、それは人類の敵……特に女性の敵である。
奴らは人類の女性を苗床にして、その数を増やすからだ。
強さはないがその繁殖率は高く、放っておくと痛い目を見る。
「もう、一週間になります……森に行った何人かの男もやられ、女も連れていかれました。そのうちの一人が、命がけで知らせに来てくれたのですが……」
「冒険者に依頼は? 領主に向けて救援は?」
「冒険者の方々はこんな辺鄙なところと、こんな値段じゃできないと……領主様にも送ったのですが、ゴブリンくらいは自分達でなんとかしろと」
「冒険者はともかく領主が……嘆かわしい」
冒険者とは依頼を受けて、それを達成することで報酬を得る職業だ。
当然自分の命や生活がかかっているので、受ける依頼は報酬によりけりなのは仕方ない。
しかし貴族とは、民の税によって生活が成り立っている。
その貴族が民の助けを求める声に応じないなど……許されることではない。
前世の記憶が蘇った今、改めて強く思う。
「わかった、では場所を教えてもらえるか?」
「た、助けてくれるのですか!?」
「当たり前だ、無辜の民を守るのは
「おおっ……噂通りの方だったですね」
「どんな噂か知らんが、ひとまず道案内を頼む」
「お、お一人では危険です! せめて、我々も編成を組むんでから……」
「それでは、今現在苦しんでいる民を救えない。一刻も早く救いださねば間に合わないかもしれん……こうして話してる時間が惜しい」
「わ、わかりました! では置き手紙だけでも……これでよし。では、案内いたします!」
エレンと名乗る民の案内の元、俺は馬を走らせる。
そして、一時間程度で森の前に到着した。
ひとまず馬を降り、確認をする。
「ここがゴブリンがいる森か?」
「はい、そうでございます。普段は木の実や果物、薬草や山菜などを採ってる森なのですが……最近になって巣ができてしまったようで」
「ふむ、この辺りには他に人が住む場所が少ない。そこを狙われたのかもしれん。奴らは人を襲うことしか考えていないしな」
遥か太古の昔、邪神の僕と言われる魔王と、女神の作りし人類で戦争が起きた。
エルフ族、人族、ドワーフ族で協力し、これに打ち勝った。
それに敗れた妖魔達は各地に散らばったが、相変わらず人を襲うことに執着している。
「そ、そうかもしれません……あ、あの、馬は木に縛らなくていいのですか?」
「賢いし強い馬だ、もし襲われたとしてもゴブリンくらいなら蹴散らす。何より、逃げ出すような軟弱な奴ではない」
「ブルルッ!」
「わ、わかりました……騎士様お願いいたします! どうか我々に救ってくださいませ!」
「任せるが良い」
その言葉を胸に刻み、森の中に入っていく。
民の安寧を守ること、それが貴族の役目だからだ。
それは前世の記憶が蘇ろうと、変わることはない。
◇
~村人エレン視点~
す、すごい……自分と同じ年くらいなのに。
最近の貴族様は、民の生活を顧みない方が多いと聞いていた。
自分たちは民から税を取って贅沢をし、それを民に還元しないと。
それによって、あちこちで飢饉が起きているとも。
うちもこのままだったら、この森に入ることもできずに危なかったかもしれない。
「こっちか」
「わ、わかるのですか?」
「ああ、血の匂いと独特の跡が残っている……人を引きずった跡だ」
「あっ……もう、村の者はダメでしょうか?」
それはずっと考えていたことだ。
この一週間、もう誰も帰ってきてない。
その中には、俺の親友もいた。
「……おそらく男は全滅だろう」
「っ——!? そ、そうですか……」
「すまん、俺がもう少し早く来てれば……」
「と、とんでもございません! それは貴方様の責任では……そもそも、ここは管轄ではないでしょうし」
驚いた、まさか平民に謝る貴族様がいたなんて。
しかも、自分の領地でもないのに。
僕と大して年齢も変わらないのに立派な方だ。
「それでも、同じ貴族として申し訳なく思う。代わりと言ってはなんだが、俺が全力を尽くして奴らを駆逐すると約束しよう」
「は、はい! ありがとうございます!」
僕はその逞しい背中を見ながら、森の奥へと進んでいく。
そして、三十分ほど経過しただろうか? 突然、騎士様が立ち止まる。
「……あそこだ」
「へっ? あっ、穴が……人ひとりが入れるくらいの洞窟がありますね」
「お主はどうする? ここで待ってるか?」
「……いえ、僕もお供させてください。村の兵士として、何もしないのは嫌ですから。せめてたいまつ持ちだけでも……もちろん、庇うような真似はしないで良いので」
「ふっ、良い兵士だ。是非とも、我が領内に欲しいくらいだ」
「あ、ありがとうございます」
お世辞だとしても嬉しい。
まさか、このような立派な騎士様に誘われるとは。
「では、たいまつは頼んだぞ?」
「かしこまりました……!」
僕も覚悟を持って、たいまつを持って後をついていく。
騎士様は背中ではなく腰にある剣を抜いて、洞窟内に入っていく。
中に入ると意外と広く二、三人は並べるし、天井の高さも二メートル以上はあった。
すると、すぐに……全身緑色のバケモノがやってくる。
「ギャキャ!」
「キー!」
「ゴブリンどもが……邪魔だ失せろ」
騎士様が軽く剣を振るうと、べちゃっという音と共にゴブリン達が肉塊と化した。
その速さと威力は凄まじく、ゴブリンなどまるで相手にならない。
相手が身長150程度の下級妖魔とはいえ、その強さは凄まじい。
「ケケー!」
「グキャー!」
「ふんっ!」
剣だけではない、その肉体自体が凶器だ。
裏拳は頭を砕き、蹴りは臓物をぶちまける。
場違いな表現だが、振り払う姿はまるで子供に群がられる大人だった。
敵がやってきては、ちぎって斬られて打ち捨てられていく。
「す、すごい……!」
「これくらい造作はない。お主も鍛えればできるようになるさ」
「そうでしょうか……あっ」
その時、一匹のゴブリンが現れた。
その手には親友が大事にしていた剣がある。
つまりはそういうことだろう。
覚悟はしていたが、動悸が止まらない。
「はぁ……はぁ……」
「……あのゴブリンがどうかしたか?」
「は、はい……あの、僕にやらせてください」
考えるより先に言葉が出ていた。
それくらいしないと、あの世で親友に会わせる顔がない。
するとアイク様は少し考え……ゆっくりと頷いた。
「わかった。ただし、危険と思ったら手を出す」
「あ、ありがとうございます!」
僕は剣を構えて、ゴブリンと対峙する。
相手は舐めているのか、何やらニヤニヤしていた。
「この……!」
「ケケッ!」
「うわっ!?」
剣と剣が当たった衝撃が思ったより強く、一歩下がってしまう。
下級で小さいとはいえ、やはり妖魔なんだ。
アレス様が軽く倒してるから一瞬勘違いしてしまった。
「腰がひけているぞ! 恐れなければお主の敵ではない!」
「ほ、ほんとですか?」
「ああ、今のお主はただ身体が強張っているだけだ。大きく息を吸って、相手をしっかり見てみるが良い」
僕は言われた通りに大きく息を吸い、相手を見つめる。
すると、さっきよりゴブリンが小さく見えた気がした。
「さあ、もう一回打ち込んでみると良い」
「はい……ぜぁ!」
「ギギ!?」
今度は打ち負けることなく、相手の方が大きく後退する。
そうだ、相手は僕より小さいんだ。
その隙をついて、脳天に剣を叩きつける!
「で、できた……?」
「ああ、見事だった……もしや、そいつは友の仇だったのか? 確か、ゴブリンは自分が倒した相手の武器を戦利品として使うという」
「はい、良いやつだったんです……冒険者になる夢があって……稼いだお金で村に仕送りするって」
「そうか、良き友を持ったな。ならば尚のこと、奴らを駆逐せればならん……いけるか?」
「……はいっ」
僕は涙を拭いて、再びたいまつを持って歩きだす。
そして今一度、嬉しくなった……平民の死を悼んでくれる貴族がいたんだと。
同時に実感する、そのとてつもない強さに。
僕がいっぱいいっぱいだったゴブリンが、まるで紙切れのように吹き飛ばされていく。
「だいぶ片付いたか……あそこから広い場所に出るぞ。おそらく、見たくないものや群のボスがいるはずだ……覚悟はいいか?」
「は、はい……!」
「背中を預けられる良い目だ。入り口の守りは任せよう……さて、いくとするか」
そして散歩でもするかのように、ゆっくりと歩き出す。
その背中を目に焼きつけ、後をついていくのだった。
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