第11話 よろしくお願いします!ミリィ先生!

 店を出たのは、すっかり夜も更けた頃だった。

 街の照明が白金色に輝き、行き交うプレイヤーたちの装備がその光を反射してきらめく。

「……ふぅ、なんかどっと疲れたな」

 クロは手に残る売却確認のウィンドウを閉じながら、軽く背を伸ばした。

「そりゃそうよ。あれだけの量、ミリィが値段つけるだけでも大変だったと思う」

 シェルは苦笑しながらも、どこか真剣な表情でクロを見た。

「でもねー、あんた錬金の扱い雑すぎ」

「雑って言うなよ……。俺なりに考えてるんだぞ?」

「考えてあの結果コアなの?」

「ぐっ……」

 クロが口を閉ざすと、シェルは溜息をつき、腕を組む。

「ねぇ、ミリィ」

「ん?」

 まだカウンターに戻っていたミリィが、振り向く。

 いつもの笑顔だが、目の奥は仕事モードの鋭さが残っている。


「クロにさ、錬金の基礎、教えてやってくれない?」

「……へ?」

 クロが思わず変な声を出した。

「どうせこのまま放っておいたら、次は街ごと吹き飛ばすわよ」

「物騒な予言やめろって!」

 ミリィは肩をすくめ、ため息を一つ。

「でもまあ……正直、あの素材の扱い見てて不安にはなったわね」

「ほらね」

「ちょっと!?」


 ミリィは少し考え込み、端末を操作した。

「……いいわ。ちょうど明日、生産工房の予約が空いてる。初心者講習って名目で一枠借りれるから、そこ使いましょう」

「え、ほんとに教えてくれるのか?」

「ええ。どうせ放っておいたら、素材の相場が吹き飛ぶから」

「信用なさすぎじゃない!?」

「事実」

「うぐ……」

 シェルはそんな二人を見て笑いながら、端末を閉じた。

「決まりね。クロ、明日の午前に生産工房前にいなさい」

「あの、強制ですか……」

「当然よ」


 クロは項垂れながらも、観念したようにため息をついた。

「……わかったよ。午前だな、寝坊しないようにする」

「寝坊したら即キャンセル扱いね」

「学生ゲーマーに厳しすぎない!?」

「教育には厳しさが必要なの」

 シェルが真顔で言い切ると、ミリィがくすくすと笑いを漏らす。


「ふふ、シェル先生怖いわね。――でも、せっかくだから覚悟しておきなさい。工房講習って結構ガチよ?」

「ガチって……どのくらい?」

「安全講習から始まって、素材識別、性質チェック、配合手順の記録方法、あと爆発時の処理マニュアル」

「最後の項目おかしくない!?」

「クロ用の特別カリキュラムよ」

「おかしいだろ絶対!!」


 シェルが肩を揺らして笑う。

「でも、ちょうどいい機会だと思うよ。ミリィってこう見えても生産系のトッププレイヤーの一人よ。基礎から教えてもらえるなんて、滅多にない」

「それはそうだけど……」

「どうせまた独学で妙な調合しようとしてたでしょ?」

「うっ」

「図星」

「それじゃ、遅れたらペナルティで掃除担当」

「いや、工房に掃除要素あったの!?」

「あるよ? 調合事故が起きた後の処理とかね」

「それ絶対滅多に起きないよね!」

 ミリィが椅子から立ち上がり、軽く手を振る。

「じゃ、今日はもう終わり。また明日ね」

「……了解」

 クロは渋々頷き、出口に向かう。

 シェルも続きながら、口元を緩めた。

「……でも、ちょっと楽しみだね」

「何がだよ」

「クロが真面目に勉強してる姿、想像できないもん」

「今から馬鹿にされてる気しかしない!」


 翌朝。


 薄明の街に、まだ人の気配はまばらだった。

 工房区画へ続く石畳の道を、クロは欠伸を噛み殺しながら歩いていた。

「……十時集合って言ってたけど、九時半には来とけってメッセージがあったんだよな……」

 欠伸を片手で押さえつけつつ、クロは自分の装備ウィンドウを確認する。

 服装は軽作業用のローブに変更済み。腰には昨日買っておいた試験用の錬金ツール一式。

 完璧……と言いたいところだが、表情はまだ半分寝ていた。


 やがて、生産工房の前に着く。

 巨大なガラス張りの扉の向こうでは、複数のプレイヤーが既に作業を始めていた。

 青白い魔力灯の光が天井から降り注ぎ、金属と薬液の匂いがほんのり漂う。

「……おお、なんか本格的だな」

 クロが思わず感嘆の声を漏らしたところで――

「クロ、早いじゃない」

 ミリィの声が背後から飛んできた。

 振り向くと、白衣のような装備を身にまとい、端末を片手にした彼女が立っていた。

「早いっていうか、半強制で早めに来いって言ったのミリィだろ」

「うん。案外守るから感心したの」

「ひどい評価だな……」


 ミリィは軽く笑い、扉のロックを解除する。

「じゃ、始めるわよ。まずは錬金術師のスキルを確認するわ」

「えーと、今俺が持っているスキルは……【分解】【合成】【錬金】【加速錬金】【簡易錬金】【常用錬金】【錬金向上】だな」

「うわぁーお……これは予想外。まぁ良いや。今回重要なのは【分解】【合成】【錬金】の三つよ」

「まぁ……なんとなく予想はできるな」

「この三つが、錬金術師の骨格だからね」

 ミリィはそう言いながら、テーブルの上に数本の試験管を並べた。中には色の異なる液体が入っている。

「まず【分解】。これは素材をさらに細かく分けるスキル。加減具合によって分解内容が変わるわ。……けど、あなたの場合、それを感覚でやってるでしょ?」

「うっ……まぁ、なんとなく比率が合いそうな感じで……」

「そんな事してたら、いつか痛い目見るわよ」

「耳が痛い!!」

 横でシェルが堪えきれず吹き出す。


「で、次が【合成】。複数の素材を1つにくっつけるスキルよ。やったと思うけど、『薬草』と『水』を合成する事で『初心者ポーション』ができたでしょう?」

「うん、それは知ってる。最初のチュートリアルでやった」

「だからまぁ、ここまでは言うほど複雑じゃないんだけどね。問題は【錬金】よ」

「えーと、説明を」

「【錬金】はざっくり言うと、『素材を別の物に作り変える』かな。ただ、色々とルールもあるけど」

「ルール?」

「うん。これが結構大変なの」

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