堕天の救済者:サイシエル

砂石一獄

第1話 生きた意味

【information】

 本作はいわゆる「身内ノリ」によって製作された小説となっております。

 読まれる際には是非ともその点についてご理解いただきますよう、よろしくお願いいたします。

 ナンデ……。


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 巨大なドラゴンと対峙した戦士は、私達の前に颯爽と立ちはだかって叫びました。

「お前ら!にげ——」

 それが、最期の言葉となりました。

 

「っ、戦士——ッ!!」

 私達を襲い掛かった強大なドラゴンは、まるで羽虫でも潰すかのように頑丈な鎧ごと戦士を叩き潰しました。

 そこには、断末魔すら残りません。

 べきゃり、という骨の折れる音だけを残して、戦士は肉塊と化したのです。

 

「っ、お、前えええええええぇぇぇぇっっっ!!!!」

 

 仲間の死に激昂し、リーダーである勇者は聖剣に光を纏って駆け出しました。紫電の如き一撃は、これまで数多の強敵を屠ってきた必殺技。

 一度使ってしまえば、しばらくまともに動くことは出来ないというリスクを背負った技です。しかし彼は、我を忘れてドラゴンに立ち向かいます。

 

 ですが、それでも届かない。


「ガアアアアッ!!」

 さすがに、勇者の必殺技はドラゴンにとっても脅威だと感じ取られたのでしょう。ドラゴンは翼をはためかせ、飛翔したかと思うとすぐに勢いよく着地。

 穿つ衝撃波が、勇者を空に舞い上げます。

「——は」

 勇者の肺から空気の漏れる音が、虚空に溶けていきます。

 聖剣に纏っていた光は、粒子と変わり消えていきました。

 そんな勇者の視線は、私へと向けられています。


 ——お前は、生きろ。


 動かした口は、そう言っているように聞こえました。

「ぁ、勇者ああああああぁぁぁぁああああっ!!!!」

 

 全てが、スローモーションに見えました。

 ドラゴンが放つ核熱は、空に打ち上げられた勇者を捉えています。

 私の伸ばす手は、勇者には届きません。

 勇者の私を気遣う微笑みは、どこまでも、どこまでも暖かく。


 ——熱く。

 灼熱の炎に、焼かれ、塵と化したのです。


「は、ぁ……っ、う……」

 ほんの数分の出来事でした。

 ミンチと化した戦士。

 塵と消えた勇者。


「……なんで、どう、し、て……」


 そして、何もできなかった聖女の私。


「はは……勇者様、今。私も貴方様のところへ——」

 愛しい貴方のいない世界など、もはやどうでもいい。

 

 もはや私はただ、待ち遠しかったのです。 

 目の前でドラゴンが振り下ろす四肢が、私の全身をぺしゃんこにするのを。


「……つまらない。ああ、つまらない。生を諦めるなんて、面白くない」

 ですが、そんなささやかな望みは、叶うことはありませんでした。


「……?」


 望んでいた末路はいつまでも訪れず、怪訝に思った私はゆっくりと目を開きます。

 灰と、血と、絶望だけが広がった空間は相も変わらずそこには存在していました。

 ですが。

 その中に変化したものも、ひとつ。


 大きな翼を広げるドラゴンと張り合うように、漆黒の翼を広げた少年が立っていました。

 その体躯をゆうに上回るドラゴンが振り下ろす前足を、あろうことか右掌でいとも容易く受け止めていました。

 

 無造作に伸びきった黒髪から覗くのは、邪悪に満ちた微笑み。まるで、新しいおもちゃを見つけたかのような妖しい笑みを浮かべています。

 

「僕はね。人は死をもって、完結すると思っているんだ。生きた先に見出す死こそ美しい。だから……この末路は不本意なんだよ」

 

 一体、彼は何を言っているのでしょうか。

 私の前に立ちはだかった彼は、軽く前傾姿勢を取ります。


「もう君に用はない。さっさとこの世から消えなよ」

「ガアッ……!」


 たった一歩踏み出しただけ。

 その一歩が、ドラゴンを大きく吹き飛ばしました。まるで爆風に当てられたかのように。

 くの字に身体を曲げ、大地を抉りながら転がったドラゴン。そんなドラゴンに追い打ちをかけるように、謎の少年は翼をはためかせて飛翔します。

 

「君にも見せてあげるよ。これが”死”さ」

 

 空高くからドラゴンを見下ろす少年。彼は右手で銃の形を作り、楽しげに口を歪めました。


「ばーんっ!」


 そんな子供の道楽のような掛け声とともに、指先から放たれるのは収束した純白の光。瞬く間に放たれた光の奔流は、いとも容易くドラゴンの肢体を貫通しました。


 ドラゴンは「ガァッ……」と苦悶の声を上げながら、やがて塵と化したのです。



「……”癒し”よ」

 

 私は、肉塊と化した戦士へ。そして、塵と化した勇者へと魔法を唱えます。

 この世に存在する奇跡を信じて。

 不可能は存在しないんだと、証明したくて。

 

「やめなよ。死人は戻らない、自然の道理さ」

「……”癒し”よ……っ、”癒し”よ……」

「魔力の無駄だ。彼らは死を受け入れた、君と違ってね」

 

 小ばかにするように鼻で笑う少年。唐突に現れた謎の人物に、私は苛立ちを隠すことも出来ずにぶつけます。

 

「っっ!!うるさいっ!!なんなのあなたは!!助けてくれるなら、勇者も、戦士も!!護って欲しかったっ!!!!なんで、なんでなんでなんで……!!」

「……それが、命の恩人に対する態度かい?随分と傲慢なんだね、君は」

「っ、う、う……」


 彼の言葉は正論でした。私は何も言い返すことが出来ず、ただ二人の亡骸の前で蹲ることしかできませんでした。

 

 少年も亡骸の前にしゃがみ込み、それから淡々と語ります。


「僕はね。どう生きたか、よりもどう死んだか、を評価するべきだと思っているんだよ。誰に想われ、どのような形で、何の為に死んだか、をね」

「なに、を……」

「戦士君は、君達を庇おうとして死んだ。勇者君は、君を想って死んだ」


 それから、彼は冷ややかな目を私に向けました。愚か者を見るような目です。


「君は?何の為に、生を諦めようとした?ただ無意味な死を選ぼうとしただけ。つまらない、つまらないよ」

「……それは」

 

 私は、もう何も言い返せませんでした。

 最後に「はっ」とほくそ笑んで、彼はゆっくりと立ち上がりました。

 いつの間にか二人の冒険者証であるネームタグを拾い上げていた彼は、淡々と私に語り掛けます。

 

「さて、そこの聖女ちゃん?君だけだよ、二人の死に意味を見出せるのは。ギルドに行くよ」

「——っ……」


 彼の言葉は、紛れもない正論です。私は静かに立ち上がって、彼の正面に立ちました。


「……すみません。それもそう、ですね……ですが、あなたの名前は……?」

「はあ、君達は名前に意味を求めるのかい。所詮名前など、文字という記号の羅列に過ぎないだろうに」

「どうもあなたは、屁理屈が好きなようですね?」

「……やれやれ、A君でもゴミカスでも、なんでも好きに呼んでいいというのに。まあいいさ」


 そこで言葉を切り、彼は静かに自らの名前を告げました。



「僕の名前はサイシエル。そう”望む者”は名付けたね」

「望む者……?」

「君が知る由のない存在さ。さて、目的を果たしに行こうか……君の生に意味を見出させてくれよ」

「……分かりました」


 所詮、私の存在も彼にとっては道楽のひとつでしかないのでしょう。

 だが私には、彼に付いていく選択肢以外には何も残されていません。

 

「……っと。その前に邪魔になるね、これは」


 サイシエルと名乗る人物は思い立ったように指を鳴らしました。しかし鳴らすことになれていないのか、ぷちんと情けない音が響くのみでした。

 基本的に雰囲気を付けたいだけのようです。

 しかし、そんな情けない指パッチンでも効果があったのでしょう。彼の背中から伸びていた翼は散らす羽根を残して、瞬く間に消えました。


「ヘタクソな指パッチンですね」

「これでも練習しているんだけどね」


 そう語るサイシエルの笑みは、自嘲にも似たものでした。


 ----


「……さぞかし、辛かったでしょう。ネームタグを受諾いたしました。死亡手続きはこちらの方で、させていただきますね」

 

 戦士と勇者のネームタグを受取ったギルドの受付嬢は、恭しくそう頭を下げました。

 パーティメンバーであった私を労う態度を受け、思わず込み上げてきたものが溢れて来ます。

 

「——っ、あ。ありがと、っ、あぃ、います……」

「ご遺族の方にも、こちらから連絡させていただきます。また、日程のほどは調整が済み次第——」

 

 基本的にパーティメンバーの死亡届を受理した際の手続きは、全てギルドが行ってくれるそうです。

 複雑な手続きを行わなくても良いという安心感と、かつての同胞が書類という存在に変わってしまったような虚しさが込み上げてきます。

 複雑な胸中を抱えた私は、泣き腫らした目元を擦り、俯いたままギルドを出ました。


「やあ。仲間達を無事に送ることが出来たようだね」

「……ありがとう、ございます」


 もし、あのままサイシエルに助けられていなければ、家族も仲間達の死も知らされることはなかったのでしょう。きっと、それは遺族にとって死を知らされるよりも辛いことかもしれません。

 私は素直に感謝の言葉を告げましたが、サイシエルは「そんなことより」と視線を明後日の方に向けました。

 

「僕としては、助けたお礼にせめて飯代くらい、奢ってくれてもいいんじゃないかと思う訳。どうかな」

「むしろ食事代だけで……済ませてくれるのですか?」

「何を食べるか、じゃなくて誰と食べるか、ということに意味があるからね」

「はあ……」


 サイシエルの考えていること、発する言葉。そのすべてが理解の範疇を超えていました。

 むしろ理解されないように喋っているようにも見えますし、胸中の全てを伝える気が無いのでしょう。


 他者の理解を望まない少年、サイシエルと私は近くにあった食事処に向かいました。


 冒険者。近隣住民。様々な人でごった返した大衆食堂は、人々の交流の場ともなっています。

 私とサイシエルは、向かい合う形で席に腰掛けました。

 しかし、彼はメニュー表を見てため息を吐いています。


「……やはり、僕には理解できないよ。どうして人間は動物の肝臓などを食そうと思うんだい。肝臓なんて、毒素を分解する臓器に過ぎないのに」

「私に言われても知りませんよ」

「レバーなんて食えたもんじゃない。そこまでして捨てる部位を減らしたいのかい、人間という生き物は」

「……さあ……」

 

 屁理屈ばかりこいていますが、サイシエルはただレバーが嫌いなだけみたいです。

 生臭いのが無理なんですかね。

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堕天の救済者:サイシエル 砂石一獄 @saishi159

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