噂の二人

マカロニサラダ

第1話 リーシャとジュジュ

     序章


 決着は――ついた。


 いや。

 これが決着と言える物なのかは、不明瞭だ。


 ただ、彼女は夜空を見上げて、こう呟く。


「……星が――遠い」


 その事実を知った時、齢十七程の彼女は僅かに呼吸を乱す。


〝まさか〟と言う思いに駆られて、彼女は半ば愕然とした。


「けど、もしそうなら――」


 ――自分は己のユメを、叶えられるかもしれない。


 もう絶望的だと思っていたあの願いが――果たせるかもしれないのだ。


 だが、彼女はその為のピースが欠けている事にも、気づいていた。


 そんな時、彼女は背後から声をかけられる。


「おー――リーシャ。

 やっぱり生きていたかー」


「――ジュジュ?」


 彼女は疑問形を用いたが――その彼は正しくジュジュ・ドリグマである。


 十七歳程で、黒い癖毛の、全身黒づくめの彼は、どうみてもカタギに見えない。


 見る者に負の感情を与える彼は、彼女に辛辣な扱いを受けた。


「そういうジュジュも、生きていたんだね。

 完全に、どっかに行ったと思っていた」


「………」


〝どっか行った〟は、正直無いと思う。


 それでは、リーシャはジュジュと言う名のゴキブリを、見失ったかの様ではないか。


 少なくともジュジュはリーシャの〝どっか行った〟は、そういう意味だと思った。


「やかましわ。

 無駄にしぶといのは、お互い様だろうが。

 つーか、何してたんだ、お前? 

 今更ソラなんて眺めても、何の感慨も浮かばないだろう?」


 ジュジュが首を傾げると、リーシャは首を横に振る。


「そうでもないよ。

 だって、ほら、よく星々を視て、ジュジュ」


「……あー?」


 やはり意味が分からないジュジュは、眉を顰めながら首を上げた。

 と、彼は漸くリーシャの言わんとする事を、理解する。


「……星が――遠い」


 ジュジュのそれは、リーシャと同じ感想だ。

 だからだろうか、リーシャ・レグゼムは思わず微笑む。


「ね? 

 星が――遠い。

 これが意味する所は、一つしかないと思うんだ。

 つまり――」


 ――その事を解説する、リーシャ。

 ジュジュも説明されるまでもなく、その事は知っていた。


 いや。

 第三者からその事を説明された事で、ジュジュの推理は改めて裏付けられる。

 

 ジュジュにも〝……まさか〟という思いがあった。


「それは、要するに――」


「――うん。

 要するに――」


 ここでも、二人の呼吸は合う。


「――俺達は念願のスローライフを送れる、という事か!」


「――ええ! 

 私達は念願のスローライフを、送れるという事だよ!」


 互いの手を取り合って、リーシャとジュジュは文字通り飛び跳ねた。

 これほど喜ばしい事はないと、彼女達は素直にこの状況を受け入れたのだ。


 念願の――スローライフ。


 それは、今まで激務に追われていた彼女達の、大いなるユメだった。

 彼女達はそのユメを、星空を眺めただけで叶えられると言う。


 第三者にとっては意味不明だろうが、それは確かな事実なのかもしれない。


 いや。

 本来は、その筈なのだ。


 だが――その将来設計が脆くも崩れさる事を彼女達はまだ知らない。


     1 リーシャとジュジュ


 リーシャ・レグゼムは――とにかく美しい少女だ。


 赤くて長い髪をサイドハーフアップにしている彼女は、誰が見ても愛らしい。

 白いブレザーと黒いワイシャツにミニスカートを着ているのが、リーシャだ。


 折り目正しく履いている紺のハイソックスが、否応もなく彼女は優等生だと連想させる。


 対して――ジュジュ・ドリグマは前述通り黒づくめの少年だ。


 顔立ちは整っているが、どこか飢えた野獣を思わせた。

 黒いコートを纏うジュジュは、威厳めいた物さえ感じさせる。


 その両者の願いは――スローライフだと言う。


 彼等は自由気ままに生きたいという願望を――常に抱いてきた。


「うん。

 きっとこの新天地なら、それが叶うよ。

 私達は、遂に解放されたのだ! 

 主に――あの激務から!」


「そうだな! 

 やったぜ! 

 ざまあみやがれ! 

 我々は、勝った! 

 これこそ、完全勝利って言う奴じゃねえっ?」


 今にも抱き合って喜びそうな二人だが、決してそうはならない。

 大歓喜している二人だが、まだ節度は弁えていた。


 彼女達はただ喜び、もう一度空を見上げる。

 二人で遠い目をした後、リーシャ達は今後の展望を語り合った。


「で、これからどうしようか? 

 どこかに遠出して、これはという物件を押さえる? 

 私は断然、静かで落ち着ける田舎町がいいのだけど――」


「――俺様も、異議はないぜ。

 ぶっちゃけ、働くのはもう疲れた。

 てか、俺様達って、もう一生分働いたんじゃねえ? 

 そのもとをとる為にも、今後は命ある限り怠けるのが道理だろう。

 今から俺様達の人生は――サボる、呆ける、ボーとするの三種に分けられるのだ!」


 いや。

 ぶっちゃけその三種とやらは、全て同じ意味合いの物だ。


 だが、サボるのも、呆けるのも、ボーとするのも、スローライフには欠かせない物だろう。

 彼らほど能動的な存在も他に居ないが、その彼等の目的は飽くまでスローライフなのだ。


 それは鳥が飛ぶ事を放棄する様な物なのだが、ジュジュ達はその事にも気づかない。


「そうだね。

 私、一度、畑を耕してみたかったんだ。

 お米を一から作るとか、これはもう一生を捧げるに値する一大事業でしょう?」


「――農業か。

 悪く無い発想だ。

 俺様は、桃を育てたいな。

 桃が好きなんだよ、俺様は。

 果物って、もう桃さえあれば十分じゃねえ?」


「いーえ。

 スイカだって、美味しいよ。

 スイカの美味しさに気づいていないあたり、ジュジュはまだスローライフ入門者だね。

 既に気持ちだけは、達人の域に達している私には、とても敵わない」


「………」


 そうか。

 リーシャは既に、気持ちだけは達人の域に達しているのか。

 

 その上で彼女は、ジュジュを入門者扱いしている。


 ジュジュとしては、非常に遺憾な心証だ。


「いや。

 俺様を舐めるなよ、リーシャ。

 俺様は既に狩りの技術さえ、会得している。

 農作物だけでなく、野生の獣さえ狩って生活する事さえ可能なのだ。

 その俺様を入門者扱いとか、マジで笑わせるぜ」


「………」


〝そう言えば、自分にそんな技術があっただろうか?〟と思い、リーシャは無言になる。


 彼女は、彼方を見た。


「本当に、星が綺麗だね」


「待て。

 何故、急に話を変える?」


「見て、ジュジュ。

 ――流れ星」


「やかましいわ。

 いきなり、乙女チックな事を言い始めるな」


 本当に、びっくりするだろうが。


 しかし、確かにリーシャ・レグゼムの口調は、少女然としていた。

 そんな彼女であるなら、乙女と言えば乙女なのだろう。


 と、ここでリーシャ達の、スローライフ談義は一旦落ち着く事になる。


 何故なら彼女達は、急に後ろから話しかけられたから。


「――おい、おまえ達、ここで何をしている?」


「んん?」


「は、い?」


 振り返ってみれば、そこに居たのは、軍服を纏った若い兵士だ。

 懐中電灯と機関銃を手にしている彼は、ジュジュ達を見て訝しんでいる。


 それもその筈か。


 何せ今リーシャ達が居る場所は――軍の基地なのだから。

 

 その敷地内に居る、二人の身元不明の人物を見て、兵士は眉を顰めた。


「へえ? 

 ここは、軍の基地なんだ? 

 つまり私達は、パーフェクト不審者という事だね」


 基本、リーシャ・レグゼムは、冷静沈着な少女だ。

 感情の起伏も少なく、先程の様に喜ぶ事も滅多にない。


 リーシャは本来の自分を取り戻す様に、クールにその兵士と接する。

 片やジュジュ・ドリグマの態度は、雑だ。


「いや、いや、いや。

 めでたい席なんだから、水を差すのは止めようぜ。

 直ぐ出ていくから、俺様達の事は、見逃してくれよ、あんちゃん」


「………」


 完全に、訳が分からない、二人組だった。


 一人は制服を着ているので女学生の様だが、もう一人は一見した限りだと正体が掴めない。

 更に言えば、彼等は軍事基地に侵入し、こうして発見されたのに悪びれもしない。


 この場合、普通、逃げるか応戦するかのどちらかなのではないのか?

 

 それともこの二人は、軍事基地に侵入したという自覚がない? 

 ふらりと迷い込んだだけ、だと言うのか?


 けれど、それこそ、あり得ない。


(そうだ。

 警備が厳重なこの基地に、偶然迷い込んだとは思えない。

 だとすればこの二人は意図的に、この基地に忍び込んだ事になる。

 そう考えるのが自然なのに、何だ、この二人の惚けた様子は? 

 なぜ彼等はこうまで、余裕でいられる?)


 その意味が分からなくて、タウガ・アウヴァ曹長は眉を顰める。

 いや。

 彼は自分の仕事を熟すだけだ。


「とにかく、俺はきみ達を連行する必要がある。

 詳しい話は取調室で聴くので、ついてきてもらおう」


「………」


 と、タウガの言い分を聴いた、リーシャとジュジュは顔を見合わせる。

 彼女等の答えは、決まっていた。


「――分かりました。

 ぜひ同行させてください」


「――右に同じく」


「………」


 これから尋問を受けると言うのに、この二人は喜んでいる節さえある。

 本当に、意味が分からない二人組だ。


 タウガとしてはそう思うしかないのだが、リーシャ達にはリーシャ達なりの思惑があった。


 彼女達はこれ幸いと思い――情報収集をする事にしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る