騎士、ロブ
お嬢様には毎晩、当直が付いている。当然、暗殺対策だ。別邸に住む公爵家令嬢。過去何度か、侵入者が現れた事もある。無論、軒並み吐かせてから消したが。
そもそも、お嬢様の居室まで辿り着いたことは無いって話で。当然だな、当主が襲われた地点で護衛の負けだ。
「お疲れ。何かあったか?」
お嬢様の自室、その隣にある当直室へとノック無しで入る。これは、お嬢様の護衛を忘れて寝こけているアホを見つけ出す為。まぁ直衛にはそんな奴いないと思うがね。
「隊長。特に何も」
今日の当直はモーリス。丁度、椅子に座って剣を磨いてる灰髪糸目の男だ。いかにも怪しそうに見えるが、真面目さは直衛随一の不思議な奴。本人曰く、座学はあまり得意じゃないらしい。やっぱり不思議な奴だな。
「そうか」
「強いて言うなら、二度寝するお嬢様をミモザが光らせてました」
「またか……」
「またです」
俺が顎をしゃくれさせる。モーリスは額に指を当てて、結構デカめの溜息を吐きやがった。俺隊長だぞ?舐められてないか?
お嬢様がミモザの祈祷で叩き起こされるのは、実際よく見る光景だ。あの人、滅茶苦茶朝弱いからな。
「舐めてませんよ?」
「なんで分かんだ」
「隊長、顔に出過ぎです」
「んなバカな」
「だからお嬢様に、そんな顔で見てんじゃねぇよって目で見られてるんですよ」
お嬢様をバケモンを見る目で見てたのバレてるって結構ヤバくないか?今更首に縄括らされるとかは無いと思うが、それとこれとは別だ。不忠を疑われるのは心外だぞ。
拷問して吐かせましたって報告しても、そう……で終わりだからな。十五でこれ?ってなるだろ。
「不味いか?」
「今更でしょう」
「まぁ、お嬢様は気にしてないのでは?」
「そうか?」
「気にしてたら留守任されませんよ」
「そりゃそうだな」
あ~納得納得。かねぇ?ちょっと不安だぞ。お嬢様、絶対そういう奴に容赦ないからな。実際、味方の不忠が一番怖いからな。
俺は糸目の隣に座った。モーリスは剣を目の高さに合わせ、歪みが無いか見ている。……剣先の磨き、ちょっと甘いぞ。デコボコってほどじゃないが、少し波になってる。
「剣先、欠けてんぞ」
「……よく分かりますね」
「見りゃわかるだろ」
コイツ、今気持ち悪……って思ったな。顔と雰囲気で分かんだよ。あ、なるほど。お嬢様もこんな感じだったのか。じゃあ滅茶苦茶気づかれてるじゃん。どうする……?
「お嬢様の気持ちが今、何となくわかったわ」
「よかったですね」
「よかねぇよ!」
謝ったら何とかならねぇかな……。後で、それとなく聞いてみよ。西方鎮圧以降、なんか怖いんだよなあの人。俺が多分勝手に怖がってるだけだが。
「ま、後はお願いします」
「おう、お疲れ様」
欠伸をしながら部屋を出ていくモーリスに手を振り、監視を引き継ぐ。お嬢様のドレッサーが両面鏡になってる。んで、こっちからはお嬢様の部屋が見えるけど、向こうからはドレッサーの鏡でしかない。着替えの時はミモザがいるから見なくてもいいのが助かる。
「じゃ、今日もよろしく。お嬢様」
視認みたいな寝ぼけ顔で、ドレッサーの前に座っているお嬢様に挨拶する。ふざけてやってたら、なんか日課になっちまったんだよな。
あ、嫌そうな顔した。口をへの字に曲げてら。ミモザに何か言われたな?この人、こう言う所は面白いんだがなぁ。緩急が凄すぎるんだよ。色々と。
///////
「ロブ。お嬢様から伝言です」
昼までの監視を終えて、寝てるモーリスと当直以外で訓練をやっていた。すると珍しく、ミモザが話し掛けてくる。
ミモザはお嬢様付きの筆頭家令だ。奇跡使えるし、実戦も多分通ってる。んで礼法も出来るとかズルいよな。上官と話してる感じがするんで、毎回気が引き締まる。独特の緊張感があるんだよな、この人。
「なんです?」
筆頭家令と直衛隊長。正直、立場としては対等。でも、この人相手に対等に接するのは違和感凄ぇ。本人から許されてるとはいえ、だ。
「手が空き次第、部屋まで。と」
「……了解」
何だ、一体。わざわざ呼び出しって。まさか解雇とかないよな?本家に送り返すとかも勘弁して欲しいぞ。無駄な規律が多くて、力を抜けねぇんだあそこは。
「確かに伝えました。では」
そう言って踵を返すミモザ。何となく背を目で追いかけていると、背中越しに一言。
「……時に論理よりも、直感の方が正しい事もあります。憎らしい話ですが」
「……そうっすね?」
「えぇ」
珍しく要領を得ない話だった。そのまま去っていくミモザ。実際、戦場の勘ってのはあるからな。俺は多分そっちの方が強い気がする。お嬢様みたいに理詰めって感じの戦いは出来ないし、あれが理論派のスタンダードだったら俺らは全員死んでるからな。準備段階で全部勝ってるのヤバすぎるだろ、ほんと。
「隊長。早速行って来られては?」
「…………そうすっか」
真面目な顔でイリルにそう言われるが、行きたくねぇな。絶対何かしかないぞ。
「逃げてもしょうがないですよ」
「分かってらぁ。ま、行くよ。行きゃいいんだろ?」
「よくお分かりで」
全員に送り出され、そのまま向かう感じになってしまった。服の砂落としとかないと……適当に砂を落としながら、玄関へと向かう。一通り落ちたのを確認し、中へ。
お嬢様の部屋へと向かう。その間、多くの使用人とすれ違う。誰を見ても黙って仕事し、顔つきは精悍そのもの。軍隊みてぇだ。本家の使用人と遜色ないって、結構凄い事なんだけどな。
「お嬢様。ロブです」
「入りなさい」
部屋の扉前に立ち、ノック三回と声かけ。返事はすぐ返ってきた。言われるがまま入室する。
「訓練中だったのね、ご苦労様」
「とんでもございません」
「ま、座りなさい」
お嬢様は書類を片付けられていた。この人が留守の時に任されていた量より普通に多い。あ、ガラスのペンだ。書類やってて思うが、あれ羨ましいんだよな。曰く、一点ものらしい。畜生。
サラサラと書類に何かを書き留めているお嬢様。本当に何でも絵になるな、この人。まだ若すぎるが、もう少し成長したら大変だろうな。そんな事を何となく思ってしまった。
「待たせたわね」
「いえ、大丈夫です」
「そ」
ペンを置き、手を組んで俺の方を見る。静かで鋭い、青色の目。嘘を見抜き、裁定する恐ろしい目。空気が変わった気がした。
「私、シリッサに異動らしいわ」
「なるほど……?」
シリッサとはまた……港湾都市、しっかり西北部の要衝。大抜擢じゃないですか。そう思ってお嬢様を見るも、当の本人は普通に嫌そうにしていた。また口元がへの字になってますよ。
で、それがどうしたんです?別に俺は続投っすよね?
「で、来る?」
「行かない選択肢があるんですか??」
「別にあるわよ……」
露骨に呆れたような感じで話すお嬢様。自分で言うのもあれですけど、魔甲騎兵を手放すって中々ないっすよ。他の貴族なら、家財売っても維持しようとするのが我々。言い過ぎかな。
「少し悩んでも?」
「行かないを選ぶと、本家送還ね」
「行きます」
「冗談よ」
頭を掻きながら、お嬢様を見る。反応を見て笑っているお嬢様、ひでぇ。心臓に悪いっす、ほんと。ちょうどさっき本家は嫌って思った所なんですから。
「出来れば今、答えが欲しいのよね」
「あ、はい」
「一応、機密だし」
「なるほど……」
どうするかな……。別に、ここに残る理由も、本家に戻る理由もない。お嬢様はああ言ったが、多分行かないってなっても、恐らく悪いようにはならないだろう。信頼はある。
顎に手をやって、少し考え込む。静かにお嬢様は俺を見ていた。この人に付いていけば、戦いには困らないだろう。良くも悪くも。お嬢様が送られるぐらいだ、多分シリッサは荒れている。
「お嬢様は何故戦うんです」
「前も言った気がするけど……」
「そうでしたっけ?」
お嬢様は少し溜め、右上に視線を飛ばした。
「選択肢が無くなったから、かな」
「ほう?」
「私は自分にできる、あらゆる手を尽くすわ」
「そうですね」
「駄目なら、もう戦う以外無いじゃない。そこまでやって、ようやく戦争を考慮に入れるの」
「嫌いって言ってましたね、戦争」
「えぇ」
お嬢様の思考。戦争を嫌いながら、選択肢の一つには入る。一見矛盾しているようで、恐らく矛盾してないんだろう。俺の直感がそう言っている。
「持論だけど、武力は使わないから意味があるの」
「……」
「使えば、減る一方じゃない」
「……確かに」
やっぱり、お嬢様の人を数字で見る感じは苦手だ。俺も、この人に数えられている数字の一つという事実が、背中を冷やしてくる。
しかし、俺もお嬢様の思考に同調してしまった。軍人は何より、勝てる指揮官よりも生かしてくれる指揮官を求めている。もしくは、死ぬ理由をくれる指揮官を。
西方鎮圧の時にお嬢様は、兵の損耗を何より気にしていた。そして、血を流す味方を最後まで生かそうと全力だった。それが見えたからこそ、最後までやれたのだろう。俺たち兵士は。
「お嬢様」
「何?」
「俺、行きます」
「助かるわ」
助かる、その一言に全てが詰まっているような気がした。ありがとうではなく、助かるでいいのだ。助け合うのが多分、俺たちなんだろう。
この人の考えは底知れない。でも、俺の直感はそう言っている。なら、信じていいんだろう。
「話はそれだけ。行っていいわよ」
「では、失礼します」
一礼して部屋の外に出ようとする。ドアのノブに手を掛けた瞬間、また声を掛けられた。
「後、直衛の皆にも聞いておいて」
それぞれ聞かないのか……。何とも気が抜ける話だが、まぁそれでもいいか。
「了解です」
今度こそ、外に出た。
──────直衛五人、欠けなく全員がシリッサへ。
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