第一章 裏切りの始まり

第一話 沈黙が割れる夜

──あの瞬間の衝撃を、私は一生忘れない。


割れたのは、ガラスじゃない。


胸の奥に抱えていた家族への信頼。


圭介のスマホに浮かんでいた、一通のメッセージ。


《昨日は楽しかった。また会いたい》


──私ではない女。


 指先が震え、スマホを落としそうになる。

息が詰まる。声にならない。


「これは……違う、きっと何かの間違い」


そう呟いたところで、その現実は変わることはない。


──私は信じていたのだ。

彼との日々を、家族の未来を。



 大学のサークルで出会った圭介は、

いつも場の中心で人を笑わせる人だった。

お互い意気投合し、すぐに付き合い始めた。


 就職して証券会社の営業マンになった彼は、

人当たりがよく、口も上手かった。

だからこそ、私にだけ見せる不器用な優しさが、特別に思えた。


 結婚式の日。

純白のドレスを着たあたしに向かって「一生守る」と誓った。

その言葉を、私は信じるつもりだったーー。


 翔が生まれ、眠れぬ夜を三人で川の字になって過ごしたあの時間。

「家族って、本当にいいな」

心からそう思えたのは、あの頃が最後だったのかもしれない。



その夜も、圭介は帰りが遅かった。


 夕方に送られてきた「定時で帰る」のスタンプに返信しても、返事はない。

時計の針は日付を越え、テーブルの夕食は冷えきっている。


「……また今日も遅いなぁ」


 ため息まじりに独り言をこぼし、冷えた味噌汁を片付ける。

新婚の頃なら「遅くなるけど待ってて」と必ず連絡をくれた。

その一言があれば、眠い目をこすってでも待てた。


 でも──いつからだろう。

その連絡すら来なくなったのは。


 小さな違和感を積み重ねながらも、

「家族だから大丈夫」と信じていた。


けれど、今目の前のやりとりが、すべてを壊していた。


「……おい、勝手に見るなよ」


振り返った瞬間、そこにいたのは圭介。


「ご、ごめん……通知で反応して……」


「チッ」


そう言い放つと、圭介はそのまま去っていった。


──パリン……。


胸の奥で、ガラスのような音がした。

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