第一章 裏切りの始まり
第一話 沈黙が割れる夜
──あの瞬間の衝撃を、私は一生忘れない。
割れたのは、ガラスじゃない。
胸の奥に抱えていた家族への信頼。
圭介のスマホに浮かんでいた、一通のメッセージ。
《昨日は楽しかった。また会いたい》
──私ではない女。
指先が震え、スマホを落としそうになる。
息が詰まる。声にならない。
「これは……違う、きっと何かの間違い」
そう呟いたところで、その現実は変わることはない。
──私は信じていたのだ。
彼との日々を、家族の未来を。
*
大学のサークルで出会った圭介は、
いつも場の中心で人を笑わせる人だった。
お互い意気投合し、すぐに付き合い始めた。
就職して証券会社の営業マンになった彼は、
人当たりがよく、口も上手かった。
だからこそ、私にだけ見せる不器用な優しさが、特別に思えた。
結婚式の日。
純白のドレスを着たあたしに向かって「一生守る」と誓った。
その言葉を、私は信じるつもりだったーー。
翔が生まれ、眠れぬ夜を三人で川の字になって過ごしたあの時間。
「家族って、本当にいいな」
心からそう思えたのは、あの頃が最後だったのかもしれない。
*
その夜も、圭介は帰りが遅かった。
夕方に送られてきた「定時で帰る」のスタンプに返信しても、返事はない。
時計の針は日付を越え、テーブルの夕食は冷えきっている。
「……また今日も遅いなぁ」
ため息まじりに独り言をこぼし、冷えた味噌汁を片付ける。
新婚の頃なら「遅くなるけど待ってて」と必ず連絡をくれた。
その一言があれば、眠い目をこすってでも待てた。
でも──いつからだろう。
その連絡すら来なくなったのは。
小さな違和感を積み重ねながらも、
「家族だから大丈夫」と信じていた。
けれど、今目の前のやりとりが、すべてを壊していた。
「……おい、勝手に見るなよ」
振り返った瞬間、そこにいたのは圭介。
「ご、ごめん……通知で反応して……」
「チッ」
そう言い放つと、圭介はそのまま去っていった。
──パリン……。
胸の奥で、ガラスのような音がした。
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