1-2

 黒崎から頬をつねられた。仲直りしようという合図だ。でも、俺としては謝るまで喧嘩を続けたい。そういう俺のことを知っている黒崎が笑った。でも、眉を寄せているから怒っているに違いない。だんだん仲直りしたくなったのに、どうしても素直になれなくて、言い返そうと思った。


「いた!」

「いい加減にしておけ」

「引っ張るなよ」

「あのことなら説明したはずだ」

「へえ。やっと思い出したんだね!記憶喪失からの復活かよ?そのうち前世の記憶を語り始めたりして?」

「結婚しても、嫌みを言うところは健在だな。実家へ送り返すぞ」

「……」

「夏樹。早く機嫌を直せ」

「直して欲しかったら、早く俺の機嫌を取れよ」

「取らないと言ったはずだ」

「どうして結婚したのか不思議だよ……」

「やきもちを妬くな」

「何で怒るんだよ?」


 黒崎からの冷たい言い方に、だんだんと視界がぼやけて来た。目尻から熱いものがあふれ出した。涙が頬を伝い、嗚咽も漏れ始めた。本当に泣いている。でも、黒崎は嘘泣きだと思っているに違いない。その証拠に、頭を撫でてくれないからだ。


「うっうっ。ひっく……」

「泣き真似はやめろ」

「結婚した途端に冷たくなったよね……ひっく」

「……夏樹?」

「……うっうっ」

「……っ」


 黒崎がハンドルを切り、公園の横へ車を停車させた。そして、泣いている俺の頬に触れて、心配そうに顔を覗き込んできた。ここまでは以前の彼と同じだが、今は違う。キスひとつして貰えない。


「本当に泣いているのか……」

「どう見えるんだよっ」


 どうせ慰めてもらえない。期待するだけムダだ。結婚する前は、泣いたらすぐに抱き寄せてくれていた。それなのに、簡単には慰めないし機嫌を取らないと、先月、宣言されてしまった。あの日から約一ヵ月経ち、今もその状態が続いている。


「夏樹……」


 いまさら優しく名前を呼ばれたくない。うつむいたままで、黒崎の方を向かずにいた。彼は何も言わない。言ってくれない。呆れられたのだろうか。ため息をつかれた。もういいよ。そう呟いて窓の方へ向こうとすると、強引に顎を持ち上げられた。


「え……」

「いい子にしていろよ」


 唇を塞がれた。軽いキスで終わらずに、どんどん深いものに変わっていった。泣いている分だけ息が苦しい。少しだけ唇を離してもらえたから、慌てて息を吸った。そして、また深いキスをされ始めた。舌を絡められているから言葉が出せない。今度は首筋にキスをされて、耳元で名前を呼ばれた。こうされると怒れなくなる。


「ん……」

「機嫌を直してもらえたか?」


 優しくて甘い眼差しを至近距離で向けられた。掛けられた声まで優しい。こういうギャップはズルいと思う。何も言い返せなくなる。こうして黒崎と仲直りしたのだった。

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