1-1 黒崎家の日常

 11月22日、火曜日。午前7時35分。


 俺の名前は中山夏樹。高校3年生。今、通学の途中だ。俺には結婚したパートナーがいる。俺達は指輪の交換をした。その彼の運転する車に乗って学校へ向かっているところだ。彼の名前は黒崎圭一という。来月、34歳の誕生日を迎える。


 運転席にいる黒崎に視線を向けた。外見はこうだ。とても整った顔をしている。いつも姿勢を綺麗に保っている。完璧に着こなしたスーツ姿からは、隙が感じられない。


 中身はこうだ。強引で頑固で、石頭。たまに威圧感の塊。意地悪、ドS。えらそうな物の言い方。外見が怖くてヤバイし、中身だってマズイ人だ。


 それでもこうして一緒にいるのは、とても優しい人だからだ。きっとそうだと思う。そう思い込むことにしている。そう思わないと、やっていられないからだ。さっきも彼から説教されていた。口うるさい人だ。結婚前はこんなはことなかった。俺の頭を撫でて、ゆっくりと説明してくれていた。結婚したらそういうことがなくなり、喧嘩が増えてしまった。今も黒崎から嫌みを言われている。それに言い返して、お互いに無言になった。そして、彼の方から声をかけられた。


「いつまでも怒るな。さっさと機嫌を直せ」

「あんたこそ怒っているじゃん……」

「お前が機嫌を悪くしているからだ。こっちだって怒りたくなる」

「あんたのせいだろ?」

「何のことだ?」

「本当に都合のいい物忘れの酷さだよね。今朝のことを忘たんだねー?」

「……あのことか」


 黒崎がしらばっくれている。ほんの1時間前の出来事なのに忘れたと言い出して、呆れた。嘘に決まっている。平然としてハンドルを握っている黒崎のことを、横目で睨んでやった。喧嘩の理由は、先週の金曜日に彼が会食から帰った時、スーツのポケットに女性からのメッセージカードが入っているのを見つけたからだった。もちろん、俺という存在がいるから付き合えないと、女性からの告白を断ったそうだ。そう説明を受けてものの、メッセージカードを見ると、どうして返さずに持って帰ってきたのかと思った。まるで大事に持っているかのように感じた。


 黒崎が言うには、相手が泣いていたから、カードを返すのを忘れたそうだ。俺が黒崎の立場だったらどうするのかと聞かれた時、やっぱり俺も返しそびれそうだと答えた。その時、黒崎が、そうだろう、だから俺は悪くないと言い出した。その偉そうな言い方に腹が立ち、喧嘩になった。今も喧嘩中だ。

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