三十七話:約束の灯火
白灰の廊下を進む足音が、規則正しく響いていた。
それは孤独を刻む音でもあり、前へ進もうとする意志の証でもあった。
胸に揺れるサファイアのネックレスが小さく音を立てる。
それが唯一、私を繋ぎ止めてくれる証だった。
(……答えを、探さなきゃ……)
静寂の庵は、世界の知識を補完する場所。
嘘も、真実も、全てを飲み込んで並べている。
ならばきっと――どこかに「本当」が眠っているはずだ。
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扉を押し開けた瞬間、空気が変わった。
そこは、数え切れないほどの書物に埋め尽くされた書庫だった。
整然と並ぶ背表紙はどれも無機質で、そこに人の温もりはなかった。
けれど、私は知っている。
確かな歴史が満ちている。
まるでこの場所だけが、時を超えて世界の全てを見守ってきたかのように。
私は震える手で一冊、また一冊と本を引き抜き、夢中でページをめくった。
けれど、多くの記述は曖昧で、寓話のようにぼやけている。
「黒の歴」「灰の歴」……象徴的な言葉ばかりで、核心には触れない。
(……違う……これじゃない……!)
焦燥が胸を掻きむしる。
また幻に振り回されているだけなのか――そんな恐怖が、指を震わせた。
だがその時、視線の端に白い背表紙が映った。
他のどれよりも淡く、けれどひときわ清らかに光って見えた。
私は吸い寄せられるようにその本を手に取る。
『白の歴』
背表紙の文字を声にした瞬間、胸の奥が強く震えた。
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ページを開いた途端、そこに刻まれた文字が目に飛び込んでくる。
> 「最後の皇帝、ファルネーゼ・アルヴィト・オドアルド。
その傍らに立つは盟友、カイゼル・アルヴィト。
一人は人に生まれ、一人は龍として生まれた。
だが二人は同じ名を持ち、同じ運命を背負った。」
息が止まる。
夢で見た光景が、紙の上にそのまま形を持って現れている。
ページをめくる指が震える。
> 「厄災の終焉にて、龍は涙を流し、人は誓いを結んだ。
龍は魂を護ると。
人は幾千の歳月を越えてでも待つと。
その約束が果たされるとき、魂は再び出会う」
――誓い。
夢の中で、確かに聞いた言葉。
あの赤い空の下で、血に濡れた二人が口にした約束。
(夢なんかじゃ……なかった……)
ページを見つめるうちに、涙が滲む。
声にならない嗚咽が喉を震わせ、私はその場に膝をついた。
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ファルは本当にいた。
夢に見た厄災は、ただの幻想ではなく「歴史」だった。
そして、カイゼル――。
あの黒龍が姿を変え、彼の隣に立っていた。
私は夢で、それを確かに見ている。
(……誓いは……本当にあったんだ……)
胸元のサファイアをぎゅっと握りしめる。
冷たい石の奥から、微かに温もりが返ってくる気がした。
孤独に押し潰されそうだった心に、光が差し込む。
私は一人じゃない。
彼は確かに存在した。
そして、約束を結んでくれていた。
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震える足を立たせ、私は書庫の中央に立った。
「……必ず……」
声が震える。
でも、しっかりと口に出した。
「必ず……もう一度、会える……」
その言葉が部屋に溶けた瞬間、白灰の床に静かな波紋が広がった。
その波紋の奥から、確かにあの声が響いた気がする。
『大丈夫だ、嬢ちゃん。こいつは俺との約束を破れねぇからな』
胸の奥に、ほんのり熱いものが宿る。
それは孤独に沈んでいた私の心に、確かな灯火をともした。
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