第二十九話:消えた黒

タリアーヌを後にして訪れた村は驚くほど穏やかだった。

小さな市場には焼きたてのパンの香りが漂い、広場では子どもたちが駆け回っている。

私とファルは帰り道に立ち寄ったこの村で、一晩の宿を借りることにしていた。


胸元のネックレスを指で触れる。

新しいローブの裾がふわりと揺れ、心が軽くなる。

(あんなに特別な旅をして……そのあとに、こんな穏やかな村の空気に包まれるなんて)

ほんのひとときでも、何もかも忘れてしまいそうだった。



---


昼を過ぎた頃、市場はさらに賑やかになっていた。

果物や野菜が山のように並び、人々の声と笑いが溢れる。

そんな中で、ファルがふいに私の方へ振り返った。


「サラさん、少し用事を済ませてきます。すぐ戻りますから」


「え? あ、うん……」


言われるままに頷き、彼の背を見送った。

ほんの買い物か、誰かに挨拶でもするのだろう。

そう思って、私は市場を歩きながら待つことにした。


……だが、待てども待てども、ファルは戻ってこなかった。



---


最初は少し長引いているだけだと思った。

露店を覗き込み、黒いローブの姿を探す。

だが人混みに紛れて、影も形も見えない。


「すみません、さっき一緒にいた人……見ませんでした?」

近くの店の人に声をかけても、皆が首を傾げるだけだった。


胸に冷たいものが広がっていく。


「……ファル?」


小さく名前を呼ぶ。

けれど、返事はどこからも返ってこなかった。


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