第二十六話:確かな想い

私はまだ日も昇らぬバルストレッタの宿の窓辺に立ち、冷えた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

夜明け前の街は静かで、鍛冶の槌音もまだ響かない。


けれど胸の奥は妙にざわついていた。


――厄災と呼ばれた黒龍アルヴィト。

――その隣に立つ皇帝アルヴィト。

――そして今、私の傍らにいるファルネーゼ・アルヴィト・オドアルド。


三人の姿は瓜二つ。

夢の中で見た彼らを、どうにか整理しようとする。


黒龍アルヴィト。

容姿はファルそのもの。瞳に金の模様が浮かび、言葉は荒い。


皇帝アルヴィト。

こちらも姿は同じ。だが瞳は普通で、言葉遣いは王侯らしいがどこか砕けている。


比べれば、今のファルは黒龍の方に近い。

(でも……所作や振る舞いは皇帝に似てる)


どちらだと決めつけられないまま、思考が絡まりかけたとき――ふと彼の言葉を思い出す。


『サラさんはサラさんです。夢に飲まれてはいけません』


(……そうだよね)


夢は夢。

今の彼はファル。黒龍でも、皇帝でもない。

私にとってのファルは、ただのファルなんだ。


そう思い込もうとした瞬間、新たな疑問が胸を突いた。


――なぜ、私はソフィアの夢ばかり見るのだろう。


答えを探すように窓の外を見つめる。

頭の片隅で、以前ファルが言った言葉がよみがえる。


『教皇が唯一奪えなかったもの……ソフィアの魂』


(……まさか、私の中に?)


胸がきしんだ。

もしそうなら、ファルは――私を「サラ」として見ていないのかもしれない。

ソフィアだから。ソフィアの魂だから。傍にいてくれるだけなのかもしれない。


胸に冷たいものが広がっていく。


けれど次の瞬間、あの言葉がまた脳裏を過ぎった。


『サラさんはサラさんです』


その声は、私を縛る鎖ではなく、解き放つように響いた。


――私はソフィアに嫉妬していた事に気づき、頬が熱くなっていた。

( 私、ファルのこと……好きなんだ……)


顔を両手で覆いながら、ただその想いを認めてしまった恥ずかしさに唸り声を上げた。



---


朝日が昇り、工房街に槌音が戻ってくる。

私は気持ちを切り替えるように身支度を整え、ファルと共に街を歩いた。


「サラさん、新しい杖選びませんか?」


ファルが唐突に提案してきた。

杖がないと、私に無力だ。自分の身すら守れないのを自覚している。


「そうしようかな」


大通りには工房が軒を連ね、炎の熱気と鉄の匂いが充満している。

鉄細工のアクセサリーや精緻な工具が並ぶ露店の奥に、目的の杖を扱う工房があった。



---


中に入ると、壁一面に杖が掛けられていた。

濃紺の木に銀を巻いたもの、白木に小花を彫り込んだもの、黒木に宝石を嵌め込んだもの――。

どれも美術品のように美しくて、目移りしてしまう。


(……ただ魔術を発動する媒介なのに……こんなに迷うなんて)

宮廷魔術師は杖が支給されるし、その前に使っていたの母のお下がりだった。


一本目――濃紺の木に銀の螺旋。


「夜空みたいで綺麗……」


「サラさんは小柄ですから、少し重いかもしれませんよ」


小柄と言われてドキッとしてしまい、慌てて2本目を見る。


二本目――白木に小花の彫刻。


「可愛い……けど、私には似合わないかな」


「サラさんにはもう少し、清楚な感じのほうが…」


ファルも真剣に悩む姿が、凄く嬉しくて気分が高揚する。


私から少し離れたファルが棚の奥から一本を手に取った。

細く削り出された白木の杖に、蒼い宝石と銀の飾りを設えた神秘的に感じる。装飾は控えめだが、落ち着いた気品が漂っていた。


「サラさんには、これがいいと思います」


宝石が、胸元のサファイアと呼応するように輝いた気がして、私は思わず息を呑んだ。

手に取ると、驚くほど自然に馴染む。


「……すごく、いい。これがいい!」


私の言葉に、ファルは微笑んで頷いた。


「やっぱり、サラさんには蒼が似合いますね」



ただの媒介でしかない杖。特別な能力なんてない。

それなのに、ファルに勧められ、自分で選んだその一本は――私にとって特別になっていた。



---


街を歩きながら、私は胸元のネックレスと新しい杖を交互に見てしまう。

どちらもただの道具。

でも、彼が傍にいてくれるから――私には意味を持つ。


(……やっぱり、好きなんだ)


その想いは、もう誤魔化せないほど大きく膨らんでいた。

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