第二十三話:工匠の街へ
ルーメリアでの2日間は、夢のように過ぎていった。
煌びやかな宝飾、眩しい街並み、そして胸元にかけられたサファイアのネックレス。
宿の寝台に横たわりながらも、私は何度もその輝きを指でなぞってしまう。
(……ただの贈り物、のはず。なのに、こんなに温かいなんて)
そう思うたび、胸の奥がざわついた。
ネックレスが胸元にあるだけで落ち着かなくなる。
翌朝、まだ朝靄が街に残る頃、私とファルは宿を出て石畳を歩いていた。
宝飾の街を後にするのは少し名残惜しい。けれど、その名残惜しさすら、次の旅路への期待に変わりつつあった。
「サラさん、次に向かうのは工匠の街バルストレッタです」
「工匠……?」
「はい。ルーメリアが宝飾なら、バルストレッタは技術と鋼の街です。この世界の武具はあの街の工房から生まれていると言っても過言ではありません」
ファルの説明に、思わず身を乗り出す。
帝都の魔術師団にいた頃、よく耳にした名前だった。強力な魔導杖や、特殊な装備の中には「バルストレッタ製」と誇らしげに記されているものも少なくなかった。
(そんな街に……私、行けるんだ)
頬が自然と緩む。
昨日までルーメリアに心を奪われていたはずなのに、もう次の街への期待で胸がいっぱいになっている。
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ルーメリアを出発し、街道を南へ。
朝日を浴びた街並みが遠ざかり、やがて視界には広大な草原が広がった。
丘を越えるたびに風景が変わり、緑の海原がどこまでも続いている。
馬車の揺れに身を任せながら、私は窓の外を見つめた。
風に揺れる野花の群れ、遠くに見える小さな村落。
帝都では味わえなかった、穏やかな景色。
「退屈していませんか?」
「ううん。なんだか……落ち着く」
「そう言っていただけるなら何よりです」
ファルは穏やかに微笑む。
その笑顔を見ただけで胸が熱くなる自分がいて、慌てて視線を逸らした。
(船の上でも似たような事あったような…)
落ち着かない。
胸元のネックレスに無意識で手を伸ばし、指でなぞるたびに、心が波立つ。
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昼下がり、馬車は小さな集落で休憩をとった。
焼きたてのパンを買い、街道沿いの木陰でかじる。
香ばしい匂いに包まれ、自然と笑みがこぼれた。
「焼きたては美味しいね」
「ええ。色々な物を食べるのは旅の醍醐味です」
ファルも珍しくパンを手にしていて、二人で顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
ほんの些細なことなのに、心が軽くなる。
旅の時間が日常になりつつあるのを、はっきりと感じた。
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再び街道を進み、日が傾き始めた頃。
遠くの空に、灰色の煙がたなびいているのが見えた。
「……あれは?」
「工房の煙ですよ。もうすぐです」
近づくほどに、煙の数は増え、地鳴りのような槌音が風に乗って届いてきた。
港町ルドニアや宝飾の街ルーメリアとはまるで違う空気。
力強さと無骨さが混じり合い、街全体から脈打つような生命力を感じる。
夕陽を浴び、鉄骨の塔が影を落としていた。
その足元には無数の工房がひしめき、火花と煙とが空へ向かって舞い上がっている。
「これが……バルストレッタ……」
思わず息を呑んだ。
煌びやかなルーメリアとは正反対。けれど、この街にもまた、人を惹きつける迫力があった。
「先ずは、私の用事に付き合って貰っていいですか?」
ファルの声は穏やかだったが、ほんの一瞬だけ陰を帯びて聞こえた。
振り向いたときには、もういつもの優しい微笑みを浮かべ、遠くの街を見つめている。
私は胸元のネックレスを握りしめ、期待と不安が入り混じる心を抱えながら、新たな街への一歩を踏み出した。
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