第二十一話:穏やかな船旅〜憧れのルーメリア
潮の香りと、甲板を打つ波の音で目を覚ました。
静寂の庵の寝台とは違う、船特有の揺れ。けれど、不思議と心地よかった。
(これが……海の上か)
身を起こして甲板に出ると、すでに船員たちの掛け声が飛び交い、朝日を浴びた海がきらきらと輝いていた。
その輪の中に、黒いローブの姿――ではなく、水夫のような格好のファルがいる。
笑顔で船員とやり取りし、まるで昔からの仲間のように自然に溶け込んでいた。
(……ほんとに、この人は……)
フェリシアでも農夫の格好をしていたなと思い出す。
そして、船員に肩を叩かれ笑う姿は、どう見ても「普通の人間」にしか見えなかった。
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「お嬢ちゃん、ちょっと手伝ってみるか?」
綱を束ねていた船員が、私に声をかけてきた。
差し出された縄は想像以上に重く、手のひらがすぐに痛む。
「うっ……」
「こうですよ」
横からファルがそっと手を添えて、簡単に結び目を作ってみせた。
それを見た船員が目を丸くする。
「おぉ!旦那さん器用だな」
「ち、違います! 全然違いますから!」
顔が熱くなる私を見て、ファルは口元に指を当て、くすっと笑った。
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昼過ぎ、船員たちが釣り上げた大きな魚を甲板に並べ、皆で料理をすることになった。
私も勇んで手伝ったけれど、魚をうまく捌けず、包丁を握る手が震える。
「ひぃ……」
「ここは私が」
横から伸びたファルの手が、包丁を軽々と操る。
刃が滑るように動き、瞬く間に見事な切り身が並んでいった。
「うわぁ……」
「すげぇな、あんた!」
船員たちの歓声に包まれるファルは、ただ涼しい顔で笑っている。
その姿に、私も思わず笑みがこぼれてしまった。
「……料理、本当上手だよね」
「必要に迫られれば何でも覚えるものですよ」
黒い瞳がこちらに向いた瞬間、胸がどきりと跳ねる。
慌てて視線を逸らし、赤くなった頬を隠した。
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夜、空は茜色に染まり、海面が黄金のように輝いていた。
甲板の手すりにもたれ、私は遠くの水平線を見つめる。
「サラさん」
隣に立ったファルが、星座の話をしてくれる。
空に瞬き始めた光を指差し、古代の伝承を穏やかな声で紡いでいく。
その声を聞いていると、胸の奥が熱く、じんわりと満たされていく。
(でも……これは違う。夢のせい)
必死に言い聞かせるのに、ファルへ向ける感情の変化は成長していくばかりだ。
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数日後、船の上の日常は船員の一声で慌ただしくなる。
潮風と共に聞こえる船員たちの掛け声に混じり、甲板から見える景色が変わっていった。
遠くに広がるのは、色鮮やかな屋根と、陽光を反射して煌めく建物群。
塔の先には宝石のように輝くガラス細工が飾られ、街全体が光に包まれているようだった。
「……すごい」
思わず声が漏れる。胸の奥が高鳴り、視線を逸らせない。
「ようこそ、ルーメリアへ」
隣でファルが穏やかに告げる。
その声に返事をする余裕もなく、私はただ景色に見入っていた。
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港に降り立つと、街の喧騒に一気に包まれた。
露店には色とりどりの宝飾品、香辛料、絹織物、光沢のある菓子まで並んでいて、どこを見ても目が奪われる。
「わぁ……!」
子どものように足を止める私を見て、ファルが肩を揺らして笑った。
「サラさん、全部見る気ですか?」
「だ、だって……! こんなに綺麗なの、初めてで……!」
目移りしてばかりで前に進めない私の隣を、ファルは一定の歩調でついてきてくれる。
その余裕ある歩き方が、かえって頼もしく見えてしまい、胸がざわめいた。
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昼時、路地裏にある食堂に入った。
香辛料がふんだんに使われた魚料理、そして宝石のように飾られた菓子が並ぶ。
一口食べた瞬間、口いっぱいに広がる香りと味に目を見開いた。
「おいしいっ!」
「それは良かった」
嬉しさを隠せずはしゃぐ私に、ファルはただ穏やかに頷くだけ。
その黒い瞳に見つめられると、胸がまた跳ねる。
慌てて皿に視線を落とし、食べることに集中した。
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夜。
宿の窓から街を見下ろすと、通り全体が光に彩られ、まるで星空が地上に降りたようだった。
「……綺麗」
呟いた声は、自分のものとは思えないほど震えていた。
胸の奥に湧く高鳴りが、街への憧れなのか、それとも隣にいるファルのせいなのか。
答えは分からない。
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