第十六話:残ったものは

私が口にした名前はファルが探している人物と同じ名前だ。

私がジッと黙っていると、ファルがまた一節を口にする。

それは、ファルしか知らない一節だ。


--白の冠は蒼の杯を赤で満たし、天に捧げん。

黒の冠は蒼の杯を抱き、大地に伏す。

太陽を抱くは龍にあらず。

太陽を抱くは蛇。

我らに厄災を与えしは太陽を抱く蛇なり--


「分かりますか?」


ファルは私に答えを出させようとしている。

私は答えなければいけない気がする。


--教皇はソフィアの血を天の神に捧げた。

皇帝はソフィアを抱き、共に地に伏した。

神と共にいるのは龍ではない。

神と共にいるのは偽りの龍。

厄災の元凶は神と共にいる偽りの龍--


私は唱えながら唇が震えた。


「こんな…残酷な……」


「1つだけ、私から直接お話しますね」


ファルは深く息を吐き、両手をテーブルの上で組んだ。


「ソフィアは帝国最後の皇帝の婚約者であり、黒龍が唯一愛した女性でもあります。…そしてソフィアは2人を平等に愛していた」


それはまるで見ていたかのように、その場にいたかのように紡がれた。


「そして、2人の目の前で、ソフィアはその命を散らしました。……尊厳を家族を、何もかも奪われた後に」


酷いなんてものじゃない。

人を導く立場の教会が…教皇が…。


「それが厄災の始まりです。それでも黒龍は人を憎んではいませんでした。国を、人を焼いた事を後悔し、ソフィアの亡骸を抱く皇帝に寄り添い、自らも眠りついた」


言葉にならない。

厄災なんかではないじゃないか。

仕組まれていた。

こんなの…。


「ただ、教皇が奪えなかったものが1つだけ残ったんです」


私の頬に一筋の涙が伝う。


「それはソフィアの想い、願いである…魂そのものです。教会は今もそれを探しているんですよ」


「今日はここまでにしましょうか」


ファルの手が私の涙を脱ぐった。

その手は、微かに震えていた。

余計に私の涙は止まらなくなった。



ファルに支えられてあてがわれている部屋にきた。

思考がまとまらない。

信じていた歴史が偽りだと言われ、こんな簡単信じてしまい、涙を流すものなのか。

まるで経験したかのようなファルの語りは、私に強烈な印象を残し、私の中にある何かを湧きて立てる。


暫く膝を抱えて丸まっていた。

(ファルはやっぱり…)

胸の奥で、何かが確かに叫んでいた。

――それでも、まだ認めたくなかった。


私の中の疑念が確信に変わろうとするのを、何かが拒む。

――それは違うと。



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