「12話 – 調律された戦場」

ストネン軌道上空。

大気圏を包む雲は紅に染まり、その中に光るステージが浮かんでいた。空中コンサートと呼ばれていたが、ジンの目にはただの――戦場のど真ん中に浮かぶ管制装置にしか見えなかった。


ルビルビとシャフィナがステージへ歩み出る。キューブスクリーンが起動し、楽曲Crimson Paradeの冒頭が共鳴波として炸裂した。ちょうど同時に、クソヤロ部隊の出撃アラームが鳴り響く。


「出撃準備。コード・レッド。」


司令部の命令と、楽曲のビートが完璧に重なる。ジンは一瞬、胸が冷たくなるのを感じた。


ルビルビの手振り。赤いライティングとともに、翼を広げるような動作。

HUDに浮かぶコマンドは「進撃」。


ジンは操縦桿を握りしめ、心の中でつぶやく。

「……今、舞台が俺を操ったのか?」


シャフィナの声が、拍のように正確に落ちる。

「位相調整完了。兵力、前方展開。」


その瞬間、地上の戦車部隊が一斉に動いた。まるで公演の振り付けみたいに。


歌は、すなわち指揮だった。

ルビルビの声は熱で兵士たちの心臓を引き上げ、シャフィナは機械のように正確な拍で命令を伝達する。

兵士の歓声、機体エンジンの轟音、ステージの合唱――すべてがひとつの演出に溶けた。


ジンは次第に混乱していく。

「戦闘じゃない……パフォーマンスだ。俺たち、踊らされてる。」


HUDに出る命令コードと歌詞が、寸分違わず一致していた。

ルビルビの視線が掠める。その目は一瞬、ジンに「今だ」と囁いた気がした。


ジンは本能で機体を動かす。

サビの爆発とともに、一斉射。クソヤロ部隊の機体が炎を吐いた。

戦場は紅の波動と青のリズムの中で、完璧に噛み合う。

それは作戦ではなく――演出だった。


戦いが終わると、ルビルビの最後のハイトーンが空を裂く。

同時に戦域が収束し、司令部は「任務完了」を宣言。

ジンは荒く息を吐き、内心でつぶやいた。


「……これは作戦じゃない。舞台だった。」


兵士は歓声を上げ、舞台上の二人は腕を掲げる。

だがジンのHUDには、かすかな波形が残り続けた。

公演の余韻なのか、それとも――暗号化されたメッセージなのか。


ジンは手を震わせ、もう一度つぶやく。

「俺も……踊ってたのか。」



待機室は静寂だった。

紅の壁、冷ややかに反射する照明、音のない大時計の秒針。

ルビルビは鏡の前に座り、きらめく衣装の上からそっと胸に手を当てる。

機械装置の鼓動が、はっきりと掌に伝わる。


「伝導率、94%。交換サイクルまで残り47日。」

医師の冷たい声が響く。紫の巻き髪、無表情の視線――ビオレタだ。


ルビルビは無理に笑って応じる。

「じゃあ、今日もステージに立てますね。」


ビオレタは頷いたが、微かな逡巡が顔をかすめた。

「歌詞……今回のは危うくないですか?」


「詩的な表現に過ぎません。問題あります?」

声は毅然としていたが、指先はまだ胸元を掴んでいた。


その時、二つの小さな影が宙に現れる。

ルビー色の球形ドローンR2、青の防御ドローンB2。

彼らは彼女の“ハートビート”、個人AIのパートナーだ。


R2が短く告げる。

「出力、安定。」


B2は簡潔な信号音を鳴らし、薄いシールドを展開した。

ルビルビは小さく笑う。

「ありがとう。君たちがいなきゃ……私は舞台に立てない。」


鏡の中の自分を見る。華やかなメイク、煌めく衣装、完璧に仕上がったスターの顔。

けれど瞳のいちばん深いところには、舞台が終わるたび自分を削る恐れがあった。


「心臓が冷える前に……伝えなきゃ。」


誰に? DECGの上層? それとも――無表情で、画面の向こうから見つめていた9486、ジン?


ルビルビは鏡に掌を当てる。

「今日の歌詞に入れた。“心臓が育つ夢を見た”。……あの子、気づけるかな。」


R2が機械的なトーンで返す。

「解読可能性。共鳴対象=1名。」


「なら、いい。」

ルビルビはゆっくり立ち上がる。

扉が開き、紅の光が彼女を呑み込んだ。


背後から、ビオレタの声が低く追いかける。

「ルビルビ……心臓は感情を記憶します。」


ルビルビは一瞬立ち止まり、そっと囁いた。

「……なら、その記憶を歌に残します。」


照明が点いた瞬間、空気が変わる。客席の無数の視線は一斉に彼女を向くが、ルビルビの視線はその先――透明なガラス壁の向こうで瞬く戦術送出パネルに留まっていた。

心拍が静かにリズムを刻む。


[心臓伝導率95%。安定域維持。]

医療ログが自動更新され、耳もとに貼られた小さな受信機がささやく。


「R2、待機。」

彼女が唇をわずかに動かすと、ルビーのドローンが静かに浮上し、ステージ周回軌道を描く。小さなスピーカから流れる予熱音は、彼女の声が合わせるべき拍を先に敷いた。


「B2、展開。」

青の補助ドローンが背後で薄い防御膜を広げる。観客は特効だと思っているが、ルビルビは知っている。これが戦場の兵士へも同じリズムで送出されることを。



リハーサル終了後、管制室は寡黙だった。

シャフィナはモニタの前に立ち、宙に浮くデータラインを指先でなぞる。


「共鳴エラー率、0.03%……人間標準の感情指数、許容範囲内。」


機械的な声が受信機に響く。彼女は答えない。

[調律アルゴリズム65―ログ記録中]

[接続対象:ルビルビ/状態:正常]


シャフィナは表示された心臓波形を観察する。ルビルビのデータだ。

鼓動は正確、伝導率は安定。

だが0.03秒――ごく短い区間で波が乱れている。

その隙間に微細なノイズ。人間の心臓なら“感情”と呼ぶ揺らぎ。


シャフィナはノイズを拡大した。

[感情波形検出。削除権限リクエスト。]

「削除不可。システム保護中。」

AIの回答だった。


彼女はゆっくり手を下ろす。消せない波形。

それは記録か、欠陥か。彼女には判別できなかった。


「感情は不要なノイズ。」

自分で言いながら、唇の端が微かに震える。

それは意図された動きではなかった。


ルビルビが舞台に立つたび、シャフィナのデータログに同一文言が繰り返し残る。

[同期率上昇。感情データ蓄積中。]

彼女はそれを欠陥として報告したが、上層は何もしなかった。

「65番プロトコル、安定化段階を維持。データ異常なし。」

レポートはいつも同じ結語。


シャフィナはモニタを閉じ、静かに鏡の前へ。

無表情、完璧に対称な眉、一定の呼吸。

だが胸の奥、どこかで金属質の震えを感じている。

それが機械の故障か、人間の残滓か、彼女にはわからない。


「ルビルビ……」

初めて、名を口にした。

機械は名前を呼ばない。だが今、彼女はそうした。


直後、内蔵音声システムが反応する。

[音声認識エラー。感情信号検出。]

[調律アルゴリズム65―例外処理保留。]


シャフィナは目を閉じた。

内部プロセッサのどこかで、かすかな振動。

ルビルビの心拍と同じ周波数。

その事実を記録しなかった代わりに、メモを一行だけ残す。


「調律とは、結局、感情の別名かもしれない。」



同時刻、遠くの戦場。

ジンのHUDに赤いアイコンが点滅する。出撃コード。だが奇妙なことに、そのタイミングはステージの前奏と寸分違わず重なっていた。


「これ……命令と歌詞が同時に出てるよな?」


ジンが呟くと、隣でカエル型ホログラムが腕を組む。

「ジン、偶然じゃないケロ。設計された構造だケロ。」J-COREの瞳が小さく瞬いた。「リズムで戦闘を指揮してるんだケロ。」


「こちらはCrimson Parade――」

ルビルビが冒頭を放った瞬間、戦場が同時に動きだす。彼女の指先が虚空を切ると、ジンのHUDには「側面迂回」のコード。


ジンは操縦桿を握り直し、寒気に近い戦慄を覚えた。

「あの女が……俺に信号を送ってる?」


ルビルビは舞台上で無理な笑みを保ちながら、心の中で囁く。

(今はまだわからない。でも、あなたの共鳴なら、いつか解く。)


サビ前、胸が一瞬締め付けられる。冷たい金属の震えが心臓を掠める。気づかれないよう、無理に目で笑う。

「伝導率低下。89%。」

R2が乾いた声で報告。

「大丈夫。」ルビルビは小さく返す。「ショーは続けなきゃ。」


その笑みの裏で、心臓はメトロノームのように鳴り、戦場へ全域出力される。

同じ瞬間、ジンの機内もガタンと震えた。


「ジン、心拍波が変調したケロ。」J-COREが緊急警告。「誰かの身体が、機械みたいに鳴ってるケロ。」


ジンの全身に鳥肌。『身体の痛みが……戦場信号に変換される?』


「心臓が育つ――」

ルビルビが力を込めて放った瞬間、ジンのHUDが紅に染まり、単語が強調される――“心臓”。

ジンは息を飲む。

「あれは……俺に向けた言葉だ。」


戦術上は「一斉突撃」。だがジンは命令より先に、ルビルビの視線からタイミングを読む。機体は歌とともに動く。

「俺も……踊ってたのか。」低く漏れる。


公演が終わると、ルビルビは廊下の突き当たりまで歩き、壁に手をついた。作り笑いが落ちると、金属の震えが剥き出しで伝わる。

「心臓……もつかな。」

かすかな囁き。

「聞こえたでしょ、ジン……」


戦場では、ジンが整列した機体の中でひとり座り込んでいた。

「俺たちは……戦争したんじゃない。舞台を演出したんだ。」

HUDに、まだ消去されない歌の断片が残っている。


舞台と戦場。二人の視線は最後まで交わらない。

けれど、わかっていた。

彼らのリズムはすでに密やかに、そして不可逆に、一つへつながっている。


照明が落ち、紅の残光だけが瞼の裏でかすかに渦巻いた。人々は歓声を上げるが、その音は彼女に届かない。耳の奥で鳴るのは、いつもと変わらぬ 金属質の心臓拍動。

「ドン――…ドン――…」

それは肉の響きではなく、機械の信号だ。


ルビルビは薄く置いた掌で、拍を外していないか確かめる。DECG医務室でいつもやる仕草。[伝導率安定化]という語が、相変わらず頭を支配していた。

――私は、いつまでこのリズムに合わせ続けるの。


記憶の欠片が過る。

練習室。まだモスナインが結成される前、ひとりでマイクを握っていた頃。心臓は、今のような機械じゃなかった。走れば息が上がり、歌えば震えた。その自然さは気恥ずかしくも、同時に生きている証だった。

けれど今は――

「……心臓が育つ。」

さっきの歌詞が、刃のように戻ってくる。

(育つどころか、私は心臓を“借りてる”。)


それはストネンでしか採れない合金で作られた装置。定期メンテを切らせばすぐに鼓動は止まる。命に“期限”が設定された、プログラムのように。


笑わなきゃいけない。華やかに、何事もないように。

だが内側から滲む声は冷笑的だ。

(私が愛らしく見えるのは、彼らが設計した装置のおかげ。)

廊下のガラスに映る自分は、舞台用メイクでなお輝いている。だがその奥――薄い皮膚の下、隠された金属が嘲るように覗く。

「あなた、本当に歌手だと思う?」

――心臓が問うてくる気がした。


ルビルビは唇を噛み、俯く。

歌手でも、兵器でも、どちらでもいい。大事なのは――

目を閉じ、ジンの顔を思い浮かべる。

(あなたが、この信号を受けとるか。私が送るコードの欠片を、あなたが“共鳴”として感じられるか。)


別の声が内側で囁く。

「もし彼が聴けなかったら? あなたの示唆は無意味になり、DECGの消耗品で終わる。」

ルビルビは冷たく笑った。

(いいわ、無意味でも。けれど一度でも届くなら、その一瞬で十分。)


自分が倒れても、舞台は続く。DECGは別の歌手を育て、別の心臓を機械で調律するだろう。

だが “Seed Code: R” の名のとおり、今、心臓の奥に隠した語は、確かに“種”になる。


ステージマネージャが廊下の端から近づく。

「ルビ、次のリハは30分後です。」

ルビルビは頷いた。何も言わない。

内側では、まだ心臓が規則的に鳴っている。

ドン――…ドン――…

だがその隙間で、小さな亀裂が生まれていることを知っていた。

いつかこの金属のリズムが壊れる日が来る。その時、私は……本当の声を取り戻す。


戦場は音楽と炎が絡み合っていた。モスナインの曲が高まり、兵士たちの心拍が一斉に跳ね上がる。機体エンジンの振動は、拍に合わせて鼓動した。



DECG医務室、02号隔離区画。

ビオレタは窓際に座り、実験記録を整理していた。

機械音がリズムのように空間を満たす。


「ルビルビ。伝導率94%。感情残留値0.7。」

入力を止め、彼女は指先をゆっくり止める。

記録にはいつも同じ文言が並ぶ。

――“感情の揺れは性能低下の前兆。”


だがビオレタは知っていた。ルビルビの歌は、まさにその揺れから生まれることを。

彼女の心臓は合金でできている。けれど、その合金が震える理由は“音楽”だ。


ビオレタは波形を見つめる。

ルビルビが舞台に上がるたび、データはシンフォニーのように規則を描く。

伝導率が高いほど、感情信号も強くなる。

――逆説だった。機械的な完璧は感情を殺すどころか、むしろ強調している。


「定義上はエラー、現象上は生命。」

静かに呟く。


実験台には予備の心臓装置がひとつ。

透明チューブの中で、金色の流体がゆっくり巡る。

彼女は無意識に手を上げ、その内側を見つめる。

「どこまで、持つのかしら、あなたは。」


答えはない。代わりに、流体の拍がわずかに速くなる。

彼女は実験ログの最後に、こう記す。

――“感情の起源は故障。しかしその故障は、人間の形へ戻ろうとする試みなのかもしれない。”


ビオレタは立ち上がり、冷たいガラス越しを眺める。

そこには舞台上のルビルビのリハ映像がライブで流れていた。

彼女はスクリーンの心臓の位置に指先を重ねる。

その瞬間、ルビルビの歌が響く。

「心臓が育つ夢を見た――」


ビオレタは微かに笑った。

「それは、進化じゃない。回帰よ。」


♪♪♪


DECG本部上層、防音会議室。

壁一面のスクリーンには、戦場のリアルタイムデータと公演映像が分割で並ぶ。戦闘マップに旋律グラフが重ねられ、歌詞タイムラインの脇に兵力配置図が置かれている。


黒いスーツの幹部たちが円卓に座る。

ある者は戦闘記録だけを見つめ、ある者はモスナインの歌詞を聞き流しながら“感情曲線”の数値を追っていた。


「今回の戦場は12分構成だ。」

中央の中年幹部が口を開く。声は機械のように平板だが、語のひとつひとつに重みがある。

「コーラスが終わる瞬間に、交戦も終わらせる。兵士の士気曲線はコーラス頂点でピークに達する。その時点で戦場を片付けるのが最適化だ。」


別の幹部がチャートを操作する。

赤い曲線が光る。「士気+73%。損耗として十分。ただし長期持続は不可能。」

「だから反復構造を作る。曲―ブリッジ―戦闘―コーラス。もう一度、曲―ブリッジ―戦闘―コーラス。合奏のようにな。」


短い静寂。軍服の将校が冷ややかに続ける。

「64までの実験はすべて失敗。データは破棄。破片化、結晶化、情動の歪み。感情遮断システムは完全ではなかった。」

テーブルに小さなファイルが浮かぶ。“被験体64:不安定、廃棄”。赤字が画面に刻まれる。

「残るは65――シャフィナ一名。」


幹部の視線がスクリーンの少女に落ちる。無表情――だが奥底で微かに揺れる瞳。

「彼女の安定性は、ルビと“セット”にした時のみ確保される。単独では統制不能。」


白衣の研究員が腕を組む。

「ルビルビはすでに心臓装置と契約済み。伝導率96%。メンテ周期45日。それが従順の理由であり、彼女が舞台に立てる条件です。」

声は淡々――だが眼差しは氷のように冷たい。

「契約条件が、そのまま生存条件。」


名が室内に響くと、何人かが短く笑う。

「ショーの主演、我々の最上資産。」

「契約にないものは存在しない。残るのは成果だけだ。」


映像の中、ルビルビが笑って手を振る。

しかし会議室の視線は、その笑みを芸術ではなく“データ”として見る。

手の角度、首の反らし、発声の強弱。すべてが戦闘信号と正確に噛み合っている。


ひとりの幹部が手首を回す。

「ブリッジで包囲網を展開。サビ直後、突撃。反復リズムでパターンを学習させる。」

別の者が受ける。「軍事命令を芸術でラッピングする。兵士は観客であり、奏者だ。」


研究員が重ねる。

「シャフィナは機械のように拍を合わせ、ルビルビは感情を加える。二つが重なる時、最強の共鳴が生まれる。」

短い間の後、将校が言う。

「ルビルビの心臓装置。次の交換期は45日後。それまでに最低三度の戦場を準備。」

中年幹部が頷く。「その通り。彼女の生存サイクルを我々の戦場サイクルにする。メンテナンスが即ち出撃スケジュールだ。」


室内の空気は冷ややか。スクリーン越しの熱気とは対極。

兵士が命を投げ、歓声が上がる裏で、この場所は淡々と次の契約を計算していく。


「ショーは契約、戦場は舞台。」

中年幹部が最終宣言のように断ずる。

「我々は契約を管理し、舞台を設計する。残るのは――勝利だけだ。」


スクリーンのルビルビの笑みは煌いた。だが誰も、それを“人の笑顔”とは見ていない。

契約に縛られた心臓の鼓動、プロトコルに固定された微笑。

そして端に小さく、シャフィナのデータライン。

“被験体65――安定化モード維持中。”

その横に、小さな星印がひとつ。

誰も、その意味を問わなかった。

ただ、記録のための記号でしかない。



[ルビルビ――復帰ルート確認中。]

公演終了、照明が落ちる。

ルビルビは廊下にひとり立つ。背後で、R2とB2が同時に稼働する。


R2内部ログ 18:27:04

[信号源:ルビルビ]

[感情パターン:不安/痛み/希望]

[送信命令:微笑維持]

[保護プロトコル:アクティブ継続]


R2のレンズが、彼女の横顔をゆっくりスキャン。

瞳の揺れ、呼吸間隔、体温変化――すべてが一枚のグラフにまとめられる。


B2ログ 18:27:09

[シールド状態:正常]

[心拍データ変動検知:−2%]

[原因不明。しかし“歌”の後に急速安定。]

[結論:感情がシールドとして機能中。]


R2は小さなノイズを捉える。

[人間言語パターン検知:「心臓、もつかな。」]

[音声感情分析:恐れ42%/決意38%/その他20%]

[データ保存:拒否――“感情”変数が非正規。]


二機はしばし静止。廊下の灯りが落ちても、ルビルビの心臓波は内部メモリに残り続けた。

消えない振動。

それは命令でも、エラーでもない――記憶。


R2最終ログ:

[データ識別不可。しかし感情出力を検知。]

[機械は泣かない。だが、震えはある。]


二機は同時に静かにシャットダウン。

だが内部回路には、一文だけが残った。

――ルビルビの心臓波――感情コード「R」。

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