こどもの寮の石細工
セルが目覚めた次の日。
ぼくとセルは、教会の中を歩いていた。
レモンのお見舞いに、レモンのご両親が見えたからだ。
「ありがとうございます」
朝からぼくたちの世話をやいてくれるオリーブさんに、レモンは笑顔でお礼を言った。
「お世話になるの、三度目ですね。いつもすみません」
「いいのよー、レモンが元気になってくれてよかったわぁ」
オリーブさんもニコニコだ。
セルはオリーブさんと目を合わせるようにはなったけど、まだしゃべらない。
ただ、今日はパンをもらった時に、ぺこりと頭を下げた。
「そうそう」
オリーブさんは、レモンに言った。
「ご両親が今日、お見舞いに来るって」
「えっ!」
レモンは驚いて、ちょっと困った顔をした。
「どうしよう、怒られるかな」
「怒られるのは、愛されてる証よ」
オリーブさんは屈託なく笑う。
「でもまた帰ってこいって言われるかも……」
レモンはため息をつく。「二年前にわたし、両親とここで大ゲンカしたの、オリーブさん、覚えてますよね?」
二年前……チャコールがいなくなったという、魔獣と戦った時かな。
「まあねー」オリーブさんは笑う。本当によく笑う人だ。
「大丈夫!あたしが味方してあげるから」
そう言ってレモンの肩をポンポンと叩いた。
レモンはやっと笑顔になった。
「殴られるかもな、俺ら」
セルがボソッと言う。
「え……レモンの親御さんに?」
「大切な娘を死なせかけたわけだから……むしろ殴られるくらいで済めばいいけど」
「ええ……」
まあ、でも、それもそうか。
ぼくはため息をつき、ふと廊下の棚に目をやる。
「あれ、セル、これって?」
「ん?……んん?」
セルも足を止め、それをまじまじと見る。
白い石でできた、綺麗な丸い一輪挿しだ。
まるでセルの作品みたいだ。
というか、
「それ、あなたが作ったんだって?」
優しい声に振り向くと、オリーブさんがニコニコして立って、セルを見つめていた。
「チャコールがくれたのよ。ほかにもあるわ」
「え、あ……」
セルは言葉に詰まり、ぼくとオリーブさんを交互に見るが、オリーブさんはかまわずに、スタスタと歩いて行った。
とりあえず、ぼくはその後についていくことにした。
少し迷って、セルもついてきた。
「こどもの寮」と書かれた看板のある建物の扉を開けると、玄関に、薄緑色の花瓶があった。
「これもそう、あなたのでしょ?あと……」
「オリーブさん!」
たたたた、と子どもが三人、かけ寄ってくる。
セルがビクッとする。子ども苦手なのかな。
「あれ、その人だれー?」
男の子が、ぼくとセルを指さして遠慮なく聞く。
「あのね、シロさんと、セルリアンさんっていうの」
すると、一人の子どもが声を上げた。
「セルリアン?セルリアンってさ、チャコがくれた、あの食堂のウサギのやつ作ったセルって人?」
「えっ」
戸惑うセルをよそに、
「そうよ!」
オリーブさんが言い、
「わあ、ほんものだ!」
「ほんもの!ほんもの!」
子どもたちがセルに寄ってくる。
セルは少し後ずさりするが、子どもたちは容赦なく質問ぜめにする。
「ねえ、石の魔法ってどうやるの?」
「あれってどうやってつくるの?」
「こらこら」オリーブさんが優しく子どもたちをセルから離す。「セルリアンさんはまだ病み上がりなんだから、お話はまた今度ね」
「やみあがりなの?」
「セル、びょうきなの?」
「びょうきなら、ねてなきゃだめだよ!」
「はやくよくなってね」
「あ……」セルは少し後ろに体を引きながらも、「ありがとう」とつぶやいた。
「ここが食堂よ」
オリーブさんが扉を開けた。
大きなテーブルのまわりにたくさんの椅子が並んでいる。
テーブルの真ん中に、ピンク色の石の、ウサギの彫刻が置いてあった。
「あ、これ、紅水晶の……」
セルは思い当たったようだ。「ずいぶん前にチャコールにあげたやつだ」
「そうね、二、三年前かしらね」
オリーブさんは優しくウサギの背をなでる。
「この寮の創立記念日にね、毎年、チャコもお祝いに来てくれるの。その時に毎回、拾った宝石や、あなたの石細工をプレゼントしてくれるのよ」
「……そう、だったんだ……」
セルは、呆然として、そのウサギを見つめていた。
「だから、この寮の子どもたちは、みんな『セル』を知ってるの」
オリーブさんは面白そうに笑う。「ごめんなさいね、びっくりしたでしょう?」
「……はい、驚きました」
セルもそう言って、笑った。
「でもねえ、わかるのよ、あたしにも、子どもたちにも」
オリーブさんは優しい目でセルを見る。
「石のことはわからないけど、でも、こんなに優しい作品を作る人だもの、心優しい人に決まってるわ、ってね」
セルはその言葉に、困ったように目を伏せて、小さく、「そんなこと……」とつぶやいた。
教会に戻り、部屋に向かう。
「レモンのご両親が、あなたたちとお話ししたいんだって」
さらりとオリーブさんに言われ、ぼくとセルに緊張が走る。
――殴られる、かな。
ぼくらの心配をよそに、オリーブさんはスタスタ歩く。コンコンとノックし、扉を開けた。
「こんにちは、二人を連れてきましたよ」
部屋にいたレモンのご両親は、想像してたより、優しそうな人だった。
お父さんは金髪の髪をきちんとまとめ、シャツを着て、ピンと背筋が伸びている。
お母さんはふわふわした金髪の、小柄な人で、あわてたようにこちらを振り向き――
タタタッとかけ寄ってきて、ぼくとセルの手を握って、
「あ、ありがとう、ございました……」
そう言って涙をはらはらとこぼした。
完全に予想外の言葉に、ぼくもセルも、固まってしまう。
「え、えっと」
思わずレモンとレモンのお父さんを見る。レモンのお父さんはゆっくり歩いてきて、深々と頭を下げた。
「レモンの命を救ってくださり、ありがとうございました」
え、ええ……
ぼくはレモンを見るが、レモンは余裕の笑みを浮かべている。
なんかレモン、だいぶ大げさに盛って話したんじゃないかな。
セルもそう思ったみたいで、
「あ、あの、俺、全然、何もしてなくて、むしろ、すみません、その、娘さんを、危険に」
と、おたおたしながら言ったが、
「とんでもない!貴重な生命琥珀で、不思議な魔法の力で、命をつないでいただいたと伺いました。それに、」
お母さんはぼくを見て、
「あなたはうちの娘より小さな体で、岩だらけの険しい洞窟の中を運んでくれたと伺いました」
と言う。
ぼくは困ってしまう。たしかにそうなんだけど、
「でも、そもそもその二層に行けたのは、レモンのおかげで……」
そう言ってみるけれど、お母さんの耳に届いてるかはわからない。
お父さんが、お母さんの肩にそっと手を置いて、
「無鉄砲なところのある娘ですが、よろしくお願いいたします」
と、ぼくらにもう一度頭を下げた。
「言っとくけど、わたし何も言ってないわよ。だって覚えてないんだもの」
レモンはそう言うけど、とても信じられない。
「ウソだ」
セルも疑いの目でレモンを見ている。
「母は何事も大げさなのよ。でも事実でしょう?セルは生命琥珀で助けてくれて、シロがかついで運んでくれたんでしょう?そのくらいは、神父様やオリーブさんから聞いたわ。わたし、意外と重かったでしょ」
答えにくいことを聞いて、クスッと笑った。
――その時。
ドゴオオオン……
大きな音と同時に、地面が、建物が揺れた。
ガシャン、バリン、バリバリ……
何かが割れる音もする。
「何!?」
レモンはパッと杖をとり、まわりを見回す。
セルも枕元のカバンをサッと抱えた。
ぼくはキョロキョロとまわりを見て、あわてて剣を出した。
ズゥン……ガラガラ……
音は続いている。
「教会の方?」
ぼくがつぶやくと、レモンがバッとベッドから飛び降り、かけ出した。
止める間もなく、足がもつれてつんのめり、そのまま床にすっ転ぶ。
「ぎゃん!」
「だ、大丈夫!?」
ぼくはあわててレモンを起こす。
「無理するな、ここにいて!」
セルが言い捨てて、走って扉を開けて出ていった。
「いたた……ごめん……やだもう……」
レモンは赤くなったひたいをさすりながら立ち上がり、杖を持ち直して走り出した。
「レモン!ここにいてって言われたのに!」
ぼくはあわてて追いかけた。
ガラガラガラ……
また何かが崩れる音がする。
だれかの悲鳴が聞こえた。
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