セルリアン・ブルーの工房にて
「ありがとう、おいしいよ」
工房の中、セルリアンは、チャコールの手土産のクッキーを食べて言う。
チャコールは、ベッドに腰かけて、
「あのさあ、きのうさ……ごめんね」
と言った。セルリアンはきょとんとして、
「え?なにが?」
と聞き返す。
「帰る時さ、あたし、感じ悪かったでしょ?」
「え、そんなこと……」
セルリアンは少し考えて、思い当たった様子で、
「俺こそごめん、つまんないことしか言えなくて」
と小さな声で言った。
「ううん、セルのいう通りだった。あの後、レモンと話したんだ。全部は話せないけど……レモンの思いみたいのは、よくわかったよ」
「そうか」
セルリアンの表情がやわらぐ。そして、
「その剣……」
ふと、チャコールがベッド脇に置いた大剣に目をやる。
鞘の隙間から少し剣身が見えている。
「なんか、青くなってる?」
「うん、青く光るんだよね」
チャコールはうなずき、剣を鞘から抜いて見せた。
「……なんだか、不気味なくらい、声が聞こえない石だな……」
セルリアンはつぶやく。
「ちょっとー、不気味って言うなよー」
チャコールは笑うが、セルリアンは笑わずにじっと剣を 見つめたまま、「うん、ごめん」と上の空のように返事をした。
「……えっとね、強くなるごとに、青みが増してる気がするよ」
チャコールは言う。
「だからさ、レベルアップみたいだねってカーマインは言ってて……あたしもね、勇気をもらってるんだ」
「……そうか」
セルリアンは剣から視線を外し、チャコールを見て笑いかけた。
「どういう石かはわからないけど、チャコールが元気をもらえているなら、悪いものではないんだろうね」
「そうだよ」
チャコールはうなずく。
セルリアンは、
「けど……気をつけて」
と顔を曇らせた。
「石によっては……心を映して人を惑わせたり、幻覚を見せたり、……心を吸い取る石もあるって、言われているみたいだから」
「ええ……」チャコールの顔がひきつる。「初めて聞いた」
「普通のところにはそんな石はないよ。けど、青脈洞やこの島の地下は、魔力に満ちていて、その影響で、そういう石があるんじゃないかって言われているらしいんだ。詳しくはわかってないんだけど」
「ふうん……」
反応に困り、チャコールはとりあえずうなずく。
セルリアンが石のことに色々言いたくなる性分なのはわかっている。
けれど、詳しくわかってないなら、無責任に不安を煽るようなことを言わないでほしい、とも思わなくもない。
――それにしても、セルリアンは普段、あまり憶測でものを言うタイプではないのに、珍しいな、とチャコールは思った。
「あー、あのさ、今度、五層に行くんだ」
チャコールは話題を変えようと、明るい声を出す。
「五層?」セルリアンの目が大きく開く。「五層なんてあるの?」
「うん、四層の地底湖の先に滝があってね、その下に大きな地底湖が広がってるんだって。その中にはたくさん、珍しい宝石や石が眠ってるんだって。すごいんだよ、潜水艦で潜るんだよ」
「それって……」セルリアンは眉をひそめる。「大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、昔冒険したっていう人の資料もあるって、レモン言ってたし、それにガーネットさんとバーミリオンさんも、昔行ったことがあるって言ってたし」
「そうじゃなくて……」
セルリアンは少し口ごもり、
「潜水艦なんて閉鎖空間だし、チャコールは大丈夫なの?その、長時間レモンとカーマインといて」
チャコールはどきりとした。
痛いところを突かれた、と思った。
正直、あえて考えないようにしていたことだった。
今までは、離れたくなったら少し離れられた。けれど、潜水艦の中ではそうはいかない。
「え、大丈夫だよべつに」
それでもそう言って強がった。「別に二人がイチャつくわけでもなし!今までと変わらないよ」
「今までだって……苦しいって、言ってたじゃん」
セルリアンの表情が曇る。
「チャコール、そこまで無理して付き合って行かなくても……」
チャコールは、さえぎるように、
「えー、そんなに言うならさぁ、セルも一緒に来てよ」
と、つとめて明るく言った。
「え、いや、俺は」セルリアンは戸惑い、目をそらす。「そういうの、向いてないから……」
「あ、そう。だよね」
もう何度もしたやりとりだった。
そのたびにセルリアンの返事は同じだった。
向いてないから。
やったこともないくせに。
いつもなら納得するけれど、今日は少しだけ、胸の奥がモヤモヤした。
あたしだってはじめから何でもできたわけじゃない。探検に向いてるわけじゃない。
一層のあのお店には、平気で一人で行くくせに。
そう言いたくなるのをぐっとこらえ、
「あーあ、一度くらい、セルと探索してみたいのになー」
そう言って、ベッドに寝転ぶ。
セルリアンはチラリとチャコールを見たけれど、何も言わずに本をめくりはじめた。
気づかないうちに、ぐっすり眠っていたようだ。
チャコールはふっと目を覚ました。いつの間にか、体に毛布がかけられている。
ベッド脇の床にセルリアンが座っていて、チャコールを見ていた。チャコールと目が合うと、ビクッとして目をそらす。
「あれ、あたし寝てた?」
「うん。シャワー使う?コーヒーいれようか」
セルリアンはそう言って立ち上がった。
「えっ……ええっ!?うそ、もう朝!?」
チャコールは飛び起きて、セルリアンに謝った。
「ご、ごめん、ベッドとっちゃって。勝手に寝ちゃって」
「別にかまわないけど……」
「セルは寝れたの?」
「俺は昨日昼寝したから……」
「えっ、寝てないの!?」
チャコールはびっくりしてセルリアンを見る。
セルリアンは困ったように目をそらす。
チラリとセルリアンの机を見るが、昨日と変わらない様子だ。石をいじるのに夢中になって――というわけではないらしい。ということは、
「石も触らずに……あたしのこと、心配してくれてたの?」
チャコールが聞くと、セルリアンは
「いや、その。……考え事してた」
と答えた。
「何を考えてたの?」
「うーん……ええと、体力って……どうやったら俺にも、つけられるかな?」
予想外の言葉に、チャコールは面食らう。けれど、
「洞窟に行くにはどういう装備が必要かな。ザイルと、服や靴一式はあるんだけど……」
続く言葉で、思い当たった。
「もしかして、昨日の話……ずっと考えてくれてたの?」
――そんなに言うなら、セルも一緒に来てよ。
――一度くらい、セルと探索してみたいのになー。
胸がぎゅっと締めつけられる。あたしの軽口を、どれだけ真剣に考えてくれてたんだろう。石も触らずに。
セルリアンを見る。眠そうな目。小柄な体、細い腕。
人がたくさんいるところは、苦手だと言っていたのに。
チャコールは反省して、
「ごめんね、適当なこと言って……セルはさ、そのままでいいんだ。そのままが、いいんだよ」
と言った。
セルリアンは黙って、コーヒーをいれてくれた。
「多分さ、これ、ヤキモチなんだよね」
セルリアンの家から出て、一層入り口近く。
あの、セルリアンが石を売りに行っていた小さな店を遠くに眺めながら、チャコールはひとりごちる。
大剣を胸に抱きしめて。
「あせってるのかなあ、あたし。人は苦手だと言ってたセルが知らない間にお店に行ってて、ちゃんと商売してて」
それなのに、あたしの探検にはかたくなについてきてはくれない。
別の世界の、遠くの人になってしまうようで。
「だからって……あんな言い方、ダメだよね」
少しだけ剣を鞘から抜いて、青みがかった剣身を見る。
セルが一緒に来てはくれないことをわかっていて、あえて、一緒に来てよと言った。いじわるなことをしたと思う。
――あ、そう。だよね。
自分の言葉は、冷たく響いてはいなかっただろうか。
だから、あんなに気にさせてしまったのではないか。
「セルにあたっちゃダメじゃんか。最悪だ、あたし。こんなんじゃセルにまで嫌われるぞ」
ブンブンと首を横に振り、剣を鞘にしまい直す。
「セルにまで愛想尽かされたらどうしよう…」
寒い家を思い出してゾッとする。剣を強く抱きしめる。
――チャコらしくないじゃん。
カーマインの言葉が、よみがえる。
あたしらしく、笑わなきゃ。
腕の鞘の中で、剣が、ひときわ強く青みを増したことに、チャコールは気づかなかった。
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