チャコール・グレイは相談する

「――もうさあ、あたし、やばいよね」

 セルリアンの工房。チャコールは笑いながら、しゃべっていた。

「カーマインとレモン、ますますいい感じだよ。あたしジャマ者かもって感じ」

 胸がズキズキと痛む。それを覆い隠して、チャコールはつとめて明るい声を出す。

「レモンはあたしのことよくほめてくれるけどさ、剣のことばっかりで。お世辞なのかなって思うし」

 セルリアンは黙って石と本を見比べていたが、パタンと本を閉じて、チャコールの方を向いた。

「……彼女は、少し、人の心には、うといのかもしれないな」

 え?とチャコールは首をかしげる。

「レモンのこと?……そんなことないと思うけど」

 だって、町の人とも楽しそうに話すし、教会や「こどもの寮」でもすぐうちとけていたし。

 けれど、

「だって、チャコールと仲良くなっても、チャコールが悩んでることには気づいてないじゃん」

 セルリアンは淡々と指摘する。

「チャコールはそんなにわかりやすいのに」

「あたしわかりやすいの??」

 チャコールは驚いた。うまく隠しているつもりなんだけどな。

「うん、まあ、だからこそ、チャコールは嫉妬もされてないし、考えようによっては、やりやすい部分もあると思う」

 セルリアンはゆっくり、考えながら言葉を紡ぐ。

「だってなんか、イヤじゃない?もし、仲間の女の子に、戦ってる最中に、カーマインと仲良くしないでよ!とか、あたしより活躍しないでよ!とか言われたら」

「ぷっ……あははは!」

 そんなことを言うレモンを思わず想像してしまい、チャコールは吹き出す。「たしかにイヤかもー!」

 その笑顔がふっと曇る。

「あ、あー、でもあたしは、言ってるよね……似たようなこと……」

「言うのが悪いわけじゃないし、むしろ普通だし、本人に言ってるわけじゃないし」

 セルリアンはすかさず言った。そしてつぶやくように続ける。

「……嫉妬しないでいられるっていうのは、どういう心境なのか、俺にはわからないけどな」

「……え?」

 意外な言葉に、チャコールはセルリアンを見る。

「セルも、嫉妬すること、あるの?」

「いやない」

 セルリアンは早口で否定する。

 怪しいな。

 チャコールはわざと、

「そっかぁ、そうだよね。嫉妬するヒトなんてやっぱり、あたしくらいなんだ……」

 といじけて見せた。すると、

「いや、俺もある。全然ある」セルリアンは早口でさっきの言葉を撤回する。「ええと、なんだ、その、石とか、すごい人は本当にすごいから」

 石かあ。チャコールは納得する。たしかにセルは石に関してはすごいこだわってそうだもんな。

「セルもそんなことあるんだ。そう考えると、レモンはすごいねえ。大人だよねぇ。だからほかの人にも、理想を求めるのかなあ」

 チャコールがつぶやくと、セルリアンはうーん、と考えて、

「理想を求めてるというか……彼女なりにほめようとはしてくれてるようには、聞こえる。それに、彼女としては、感情というより、合理的な判断なんだと思う」

と言った。

「まあ、それはわかってるけど……ちょっと言い方がキツいっていうか。なんか、先へ進むための品定め、みたいに、見られてる感じがしちゃうの」

「まあ、前は、余計なことするなみたいに言われてたしね。チャコールがそう感じてしまうのも無理もない」

 セルリアンはうなずく。「レモンに、思い切ってそう言ってみてもいいと思うけど……」

「ええー」

 チャコールは笑う。

「それはさすがに無理だよ。気まずくなりたくないし」

「そっか。じゃあ……この人はそういう言い方をする人なんだなって、割り切るしかないかな」

 セルリアンはそう言って、また本を開き始めた。

 それはわかってはいるつもりなんだけどな。

「……うん、そうなんだけど」

 チャコールは慎重に言葉を選ぶ。

「なんか……なんかね。……苦しくて」

「うん……」

 セルリアンは言葉を探すように、間を置いて言う。

「……苦しくなるのは、チャコールが、彼女の言葉を、自分の評価だととらえてるからじゃないのかな」

 チャコールの気持ちがすうっと沈む。

 ――つまり、あたしの問題だって言いたいのかな?

「……セルならさ、そうやって、割り切れるんだろうね。すごいや。あたしには無理」

 チャコールは無理に笑顔をつくり、立ち上がる。

「あ、いや、俺は……」

 セルリアンは何か言いかけたが、

「あたし、帰るね。話聞いてくれて、ありがと」

 チャコールはセルリアンに笑顔で手を振って、扉を閉めた。

 

「あーあああ……」

 家のベッドで、チャコは自己嫌悪に頭を抱えた。

「あたし、なんでこうなっちゃうかなあ……」

 セルはセルなりにあたしをなぐさめようとしてくれてたのに……。

 そもそも、セルリアンにはチャコールの愚痴を聞く義務などないのだ。

「勝手に押しかけて、言いたいこと言って、仕事のジャマをして、それで欲しい答えがもらえないからって、イヤな態度とって……あたし、ほんっと性格悪いよね……」

 頭までかぶっていた布団を、がばっとはがして起き上がる。

「だめだ、眠れん!」

 かたわらの剣を手に取り、庭に出る。

 曇っていて、星は見えない。雲の向こうにぼんやりと月の光が見える。

「はあっ!……はあっ!」

 チャコールは素振りをはじめた。

 自分の迷いを、思いを、剣に乗せて、断ち切るように。

 剣を力いっぱい、振りおろす。

 暗い中、剣が青く、光る、光る。

 心が少しずつ晴れていく。

 ……全部は無理でも、話してみよう。レモンに。

 そう思えた。


「……なんかね、あたしね、すぐ愚痴っちゃうんだよね、やめたいのに」

 翌日。洞窟へと向かう道中、レモンにチャコールは話しかけた。

 迷った結果、とりあえずセルリアンのことを相談してみることにした。

「そうなの。チャコールも、悩むことがあるのね」

 レモンはうなずく。

 そりゃ悩むことぐらいありますけど。

 いやいや、レモンはそういう言い方の人なんだった。

 チャコールは気を取り直して、

「レモンは、そういう時どうしてる?」

と聞いてみた。レモンは、

「わたし?わたしはねー……」

 少し考えて、

「とりあえず、壁にぶつかったり、悩んだり、そういう時って、成長のチャンスだと思うようにしてる」

と言った。

「成長の、チャンス……」

「そう。なんか、動かないのはもったいないなって思っちゃうの。それだったら、鍛錬したり勉強すれば、ストレス発散にもなるし、自分も強くなれるし、いい石が見つかればお土産にもなるし」

 なんとも合理的だ。

「だからね」

 レモンはまっすぐチャコールを見る。

「チャコールが最近、どんどん成長してるの、ステキだなって思ってる」

 その青い目は、キラキラしていた。

 チャコールは、あ、と思った。

 ――理想を求めてるというか……彼女なりにほめようとはしてくれてるようには、聞こえる。それに、彼女としては、感情というより、合理的な判断なんだと思う。

 昨夜言われた、セルリアンの言葉がよみがえる。

 そうか。

 本当に、ほめてくれてたんだな。

 あたしが考えすぎて、変な受け止め方をしてただけか。

「うん、ありがとう。レモンに話してよかった」

 チャコールは、心からの笑顔を見せた。

「でも、そういう時に話を聞いてくれる人がいるのは、ありがたいわね。石職人の方だっけ?」

 レモンが言う。

「うん……ありがたいよね」

 チャコールは、しみじみつぶやく。

「わたしにも、話してくれていいからね。わたしにでにることなら、力になりたいし」

 レモンは頼もしくほほえんだ。

「ありがとう」

 チャコールも素直に、笑った。

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