ぼくの記憶と、乳白の層

「すごいじゃない!」

 レモンは頬を上気させて、興奮気味にセルに駆け寄る。

「最高の連携だったわ!あんなことができるなんて!!」

「岩なら……やれるかと思って」セルは息を切らし、その場に座りこんだ。「あー……でもこれ、疲れるな……」

「お疲れ様。回復薬飲む?」

 レモンはカバンから栄養ドリンクみたいなものを取り出した。

「ありがとう……」

 セルは受け取る。

「今その小さいカバンから出したの?」

 ぼくは驚いて、レモンのカバンを見る。ハンカチとティッシュくらいしか入らなそうなポーチだ。

「転送魔法で宿の棚から取り出してるのよ」

 レモンはこともなげに言う。

「そういうカバンなの?」

「いえ、カバンは普通のカバン。わたしが魔法をかけてるの」

「……すごいな」セルは笑う。

「俺もそれができれば、こんな重い石をたくさん、持ち歩かなくてすむのに」

 確かにセルのカバンは重そうだ。背中に背負って固定しているので、体への負担はそこまでじゃない、と、セルは言うけれど。

「じゃあ今度教えるわよ、あ、そうだ、今度あなたのカバンにも魔法をかけてあげる」

 レモンは気軽に言った。「ただ、取り出す時に少しコツがいって、慣れるには時間がかかるんだけどね」

「うーん、慣れるかな。でもありがとう」

と、セル。

 ぼくは二人を眺めていて、ふと思った。

 まだお互いになんとなく、緊張感はある。それでも、はじめに会った時と比べたら、驚くほどなごやかだ。

 お互い、遠慮なく言い合っている。

 戦いの時も自然に息が合っている。

「二人って、思ったより相性いいのかも」

 ぼくがつぶやくと、二人はきょとんとしてぼくを見た。

 レモンが笑い出す。

「だといいけど、どうかしら。セルは頭がいいからやりやすいけど」

 セルはそんなレモンを見て、ぽそりと、

「まだわからないな……思ってた感じとは違った」

「え、どういう風に?」

 レモンが首を傾げる。長い金色の髪がサラリとゆれる。

「いや、なんか……カーマインみたいにもっとズカズカ来る感じかと思ってた」

「カーマイン……!」

 レモンは笑い出す。

「あいつ、昔あなたを怒らせたんだって?何が悪かったのかなーって言ってたわ。でも今ならわかる気がする。あいつ、悪気なく距離近いからね」

「…………」

 セルは何かを思い出したのか、少し不機嫌な顔になる。

「わたしも、結構、ズケズケもの言ってると思うけど」

 レモンは、自嘲するでもなく、けろっとした調子で言う。

 まあ、たしかに……とぼくは思った。

「でも……」と、セル。「言われてもいいところと、嫌なところがあるんだよな……」

 セルは頭をかく。「俺って面倒くさいかな」

「誰だってそうじゃない?」

 レモンはあっさりと返す。そしてぼくを見て、

「よく言われるのよ、わたし、怖いって。言いたいこと言ってるだけなんだけど」

 ごめんね、とぼくに笑いかける。

「シロも、セルも、わたしがキツいこと言いすぎてたら、言ってよね。嫌ってくれてもいいけど、協力できる時はしたいし……」

 セルはしばらく黙って考えていたが、そっと口を開いた。

「……俺の方が……あんまり人付き合い得意じゃないから。変なこととか、言うかも」足元の地面を見ながら、セルは言葉を紡ぐ。「気もきかないと思うから、とりあえず何か思うところがあるなら、黙られてるより言われた方が楽」

 そんなこと思ってたんだ。

「そうかなあ」ぼくは言う。

「セルはぼくにははじめから優しかったけど」

「それはだって……」セルはあきれた顔でぼくを見る。「アンタがあまりにも危なっかしすぎたんだよ。それに、別に俺、大したことしてないし……」

「泊めてくれたし、食べ物もくれたよ」

「そんなくらいで……シロはいつか騙されるよ」

 セルは目をそらす。耳が少し赤くなっている。

「照れてるの?」ぼくが聞くと、

「照れてない!」セルはぼくをにらむ。

「あはは、シロって面白い。ある意味天才ね」レモンが面白そうに言った。


 「セルはどの辺まで行ったことあるの?」

 三層へ続く岩壁を慎重に降りながら、レモンが尋ねる。

「三層」セルは答える。「四層に降りた時どう戻ってくるか色々考えてた」

「それなら、わたしがいれば大丈夫よ」レモンは笑う。「転移魔法は得意なの」

「なら安心だな」

 セルも軽い感じで返す。

「セルは何年くらい島にいるの?」

 スタッと三層に降りて、レモンが聞く。

「えーと、五年くらいかな……卒業の……十二歳の時だから」

「卒業?」

 レモンは聞き返すが、セルは答えず、岩からひょいと三層に飛び降りた。

 レモンはかまわず続ける。

「お家はどこなの?その頃から一人暮らししてたわけじゃないんでしょ?」

「え?」セルがきょとんとしてレモンを見る。

「え?」レモンが聞き返す。

 セルは、うーん、と考えてから、

「家出して来たんだよね、だからそこから一人で暮らしてたよ、あの一層の家で」

と手短に答えた。

 レモンは絶句し、

「…………ごめん」

と言う。

「え、なんで謝るの」

 セルは少し笑う。「楽しかったよ、一人暮らし」

「そうなんだ」レモンも少し笑う。「しっかりした十二歳だわ」

 ぼくが三層に着地するのを待って、三人で、鍾乳洞を歩き出す。さっきまでの二層と違って、鍾乳石でできた地面や壁がヒカリゴケに照らされて、ほんのり明るい。

「じゃあ、その頃からこの辺も探検してたの?」

「あ、いや……」セルはまた少し考える。

「ちゃんと探検し始めたのは、二年前だよ」

 さっきぼくに教えてくれたのと同じことをレモンに言う。

「そうなの?」

 レモンは少し驚いた顔をした。

「うん」セルはうなずく。「だって探検しなくたって、石は一層でも二層の入り口付近でも手に入るし」

「まあ、それはそうね。でも、もっと色々手に入れたいって思わなかった?」

「うーん……」セルは考える。「魔物が怖かったし……」

「ふうん……あ、そっか」

 レモンは何かに気づいたように、

「二年前って、つまりチャコがいなくなったころ……だから、そっか、チャコを探して、探索するようになったってことね。納得」

と、うなずいた。

「え、あ、いや……」

 セルは何かを言おうとしたが、レモンはもう聞いていなかった。スタスタと軽い足取りで石筍の間を進んでいく。

「ちがうの?」

 ぼくが尋ねると、セルは不満そうに「……違わないけど」とつぶやいた。「なんでバレたんだ……」

「レモンもきっと」ぼくは言う。「チャコを探してるんだよ」

 レモンの言葉を思い出す。

 ――こうなったからには、わたしはこの島のために身を捧げるつもり。カーマインと……チャコールを見つけるためにね。

 レモンも、この二年間、ずっとそんなことを考えていたのだろうか。

 それならやっぱり、セルと少し似ている、気がする。

 セルはぼくを不思議そうに見ていたけれど、レモンを追って、ゆっくり歩き出した。


 三層――「乳白の層」。

 少し開けた場所に出ると、鍾乳石の地面が階段のようになっている。

「ミルキーワームとはここで会ったんだね」

 ぼくはつぶやく。

「そうよ。わたしそんなこと言ったっけ。よく覚えてるじゃない?」

 レモンは感心したようにぼくを見る。

「いや……なんとなく」

 そう、なんとなく。

 脳裏に浮かぶ。

 レモンの悲鳴。カーマインの言葉。チャコのつぶやき。

 レモンは――

「レモンは頑張りすぎてしまう――」

ぼくは無意識のうちに、その言葉をつぶやいた。

「え?」レモンがびっくりしたように振り向く。「どういうこと?」

「いや、チャコが言ってた……気がして……」

 ぼくは、しどろもどろになりながら答えた。

「え?どういうこと?あなたチャコと面識あるの?」

 レモンはたたみかけるように詰めよってくる。

「あ、ええと……」

 ぼくは困ってしまう。

「……そいつ記憶喪失だから、色々聞いても要領得ないよ」

 セルが軽い調子で言った。「ホント、謎なの、謎。」

「え、何それ。何で言ってくれなかったの?」

 レモンは少し興奮している。

「すごく気になる。シロって何者なんだろう?本当に覚えてないの?あ、シロって本名?」

「本名じゃない……と思う」

 ぼくは一つだけ答えられそうな質問を見つけて、答えた。

「セルがつけてくれたんだ、呼び名がないと不便だからって」

「あらそう、どうりで……」

 レモンはチラッとセルを見た。

「……何」

 セルは少しだけ、イヤそうな顔をした。

 

 レモンは石筍を削っている。

 ぼくもセルの隣で石を拾う。

 いつまでも二人に食べ物をもらったり奢ってもらったりしているわけにもいかない。ぼくもお金を稼がなくちゃ。

「その石は乳白虹石。そこそこ高く売れるよ」

 セルが指差して教えてくれる。

「あと、そっちの鍾乳石、あとで磨いてあげるよ」

「ありがとう。……ねえ、セル」

 ぼくはふとつぶやく。

「セルは、チャコールとは石を採りに行かなかったの?」

「…………」セルの答えがないので、見ると、セルは困ったような、笑うような顔をしていた。

「……シロは、答えにくいことを聞くなぁ」

「え、ごめん」

「いや、シロは悪くないよ」セルはため息をついた。

「行かなかった。……勇気がなかった……いや、逃げてたんだ」

「ふうん?」

 なんだか、二年前のセルは、セルじゃないみたいだ。

「行けばよかったって、今でもずっと後悔してる」

 セルはつぶやくように言った。

「……じゃあ、チャコールを見つけたら、今度は一緒に行けるね」

 ぼくが言うとセルは虚をつかれたような顔をしてぼくを見た。

 それから笑って、「そうだね」と言った。

「まあ、チャコールに断られるかもしれないけど」

「え、チャコールは断らないよ、だって」

 ぼくは反論する。「だってチャコールは、セルも誘っていたじゃない?」

「…………」

 セルはぼくを見つめる。

「……誘ってたの、知ってるんだ」

「あ、うん、そういえば」ぼくは首を捻る。「何で知ってるんだろう……?」

セルは黙って手元の石を削り始める。

「……ねえ、セル」ぼくはそっと尋ねる。「ぼくって、いったい、何なのかなあ……」

「……まあ、今はいいよ」

セルは穏やかな声で答えた。

「いつか思い出すんじゃない。それまでは、いいよ、何でも」

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