「小さな影から逃げきれない」

人一

「小さな影から逃げきれない」

――グシャリ

「うわ、なんだ?」

足元に目を向けると、蟻が粉々になっていた。

どうやら蟻の列を踏み潰してしまったようだった。

「まじかよ~この靴おろしたてなのによ……」

思いがけないハプニングに気落ちしながら帰宅した。


――グシャリ

「うわ、なんだ?」

足元に目を向けると、蟻が粉々になっていた。

どうやら、蟻の列を踏み潰してしまったようだった。

「くそっまたかよ!こないだ洗ったばっかなのによ!このっ!このっ!この野郎が!」

何度も何度も蟻の列を踏み潰し、逃げ惑う1匹すら逃がさなかった。

全滅したのを見て、少しだけスッキリした。

気づかぬまま口角を上げ、帰路に着いた。


とある日、俺は彼女に振られ落ち込みながら帰っていた。

「はぁ……仕方ないか……」

そう言って顔を上げると、近くの木に蜘蛛の巣があるのが目に入った。

いつもなら気にも留めないが……

今日はなぜか違った。

蜘蛛が2匹寄り添うようにいて、その光景がひどく我慢ならなかった。

「くそが!俺に対する当てつけかよ!彼女に振られた可哀想な人間ってことかよ!」

俺は持っていた傘で、蜘蛛の巣を払い完全に破壊した。

蜘蛛は衝撃で散り散りになり見失った。

2匹の間を引き裂いても、ただ虚しく気分は晴れなかった。

「はぁ……なにやってんだろうな……」

くだらない行いに辟易しながら、帰宅した。


とある夜、気持ちよく寝ていると外が騒がしく起こされた。

「なんだよ、人が寝てるってのによ。」

焦げた臭いが鼻を刺激する。

重い瞼を擦りながら目を開けると、見慣れた自室が火の渦に呑み込まれていた。

「なっなんだよこれ!とにかく逃げないと!」

体を起こそうとしたが、足を掴まれている感じがして転けてしまった。


掴んできた何かを振り払おうと、右足首に触れるとベタっとした感触と共に手に蜘蛛の巣が付いていた。

気持ち悪かったが、それどころではない。

再び立ち上がろうとしたが掴まれた感覚が消えず、どうしても立ち上がれなかった。

『命を軽んず者、生きるべからず。』

そんな声が聞こえた気がしたが、木の弾ける音や黒煙に巻かれて消えいった。

どんどん煙が充満して息が苦しくなる。

ジリジリと肌を焼かれる痛みに苛まれる。

「くそっ……どうしてなんだ……どうしてなんだよ!」


翌朝、火はようやく消し止められた。

火元である部屋は全焼していたが、幸いにも他の部屋は多少の被害で済んでいた。

調査のため、警察官と消防士が部屋に入るなり惨状を目撃した。

男性らしき人が逃げ遅れ、黒ずんだ死体と化していた。

その体の右足首から先はなぜか無かった。

そして彼の体に、部屋の至る所に蟻がびっしりとこびりついていた。

部屋の角には、未だ粗熱が残っているにも関わらず……蜘蛛が新しくその巣を作っていた。

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「小さな影から逃げきれない」 人一 @hitoHito93

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