第3話 ボッチ、聖地へ行く
週末。俺は今、戦場に来ていた。
会場の最寄り駅は、ノエルちゃんのイベントグッズを身に着けた「同志」たちで溢れかえっている。普段の俺なら、間違いなく立ち止まらずに家に引き返すレベルの人混みだ。しかし、今日の俺には、陽キャの盾、相沢美月がいる。
「篠宮くん、これ被って!会場限定ノエルちゃんキャップ!推しとお揃いだよ!」
そう言って美月が差し出したのは、銀髪ウィッグ風の毛がフチに付いた、ド派手なキャップだった。
「いや、俺は…遠慮する」
「ダメだよ!推し活は全力が基本!さあ、行くよ、パートナー!」
そう言って美月は、俺の頭に無理やりキャップを被せた。視界の隅で、俺のパーフェクト・ボッチとしてのプライドが音を立てて崩れていくのが見えた。
会場に到着すると、美月は一瞬で推し活のプロの顔になった。
「篠宮くん、グッズ列はこっち!販売開始30分前には並ばないと、限定アクスタは危ないよ!…あ、待って、そこの角で推しへのメッセージを書くブースがある!あれは外せないから、手分けしよう!」
彼女はテキパキと指示を出し、俺は言われるがままに動くしかなかった。周りのファンたちの熱気、美月の異常なまでの推しへの情熱。全てが新鮮で、俺のぼっち脳には処理が追いつかない。
グッズ購入列に並んでいると、美月は小声で俺に囁いた。
「ねぇ、知ってる?ノエルちゃんのデザインを担当してる絵師さん、実は美大時代の私の先輩なんだ。このキャップ、先輩が徹夜でデザインしてくれたんだって!」
「まじか…」
やはり美月は、ただのファンではなかった。推しの世界と現実の世界、両方に足場を持つ超特級のガチ勢だ。
そしてイベントが始まる。ノエルちゃんの登場と共に、会場の熱気は最高潮に達した。俺も、ヘッドホン越しに聴いていた声が、生で響き渡る感動に、思わず夢中になってしまう。
イベント終了後。疲れ果てた俺の隣で、美月は満足げに微笑んだ。
「楽しかったね!篠宮くんがあんなに笑顔になるなんて知らなかったよ」
「そ、そうか…?」
美月に指摘され、俺は初めて気づいた。今日一日、誰にも邪魔されない「静かな幸せ」ではなく、誰かと「共有する熱狂」の中にいて、確かに笑っていた。
「ね、見て!イベントの最後にノエルちゃんが言ってたメッセージ」
美月はスマホを取り出し、スクリーンショットを見せた。そこには、ノエルちゃんが最後に画面に映した一言が写っている。
『寂しいって思ってる君へ。大丈夫。君の推し活は、きっと誰かと繋がってるよ。』
美月は俺の目を見て、まっすぐ言った。
「ノエルちゃんは、一人のファンとして、推し活を頑張ってる私を見てくれてる。そして、私は、一人でいたがってた篠宮くんを見つけた。ね、この繋がり、運命じゃない?」
俺の完璧なボッチ生活は、今、「推し」という名の運命的な糸で、クラス一の陽キャ美少女に、しっかりと結びつけられてしまったのだった。
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