第2話 推し活のプロは、パーフェクト・ボッチを許さない
相沢美月は、俺の隣で目をキラキラさせていた。
「ね、篠宮くん。ノエルちゃんのデビュー当時の幻のASMRって聴いたことある?あの**『耳溶けマシュマロボイス』**は、推しなら誰もが通る試練だよ!」
美月は矢継ぎ早にノエルちゃんの話題を繰り出してくる。その熱量は、まるでライブ会場の最前列だ。
「え、あ、いや、もちろん聴いたことあるけど…」
俺は戸惑った。クラスで誰にも話しかけられないのが日常だった俺にとって、こんなにも近くで、こんなにも目を輝かせた女子と話すのは、一種の「異文化交流」だ。しかも、話題が「推し」。
「さすが!じゃあ、来週末のノエルちゃんのリアルイベント、もちろん行くよね?」
「リア、リアルイベント…?」
俺は震えた。ノエルちゃんのイベントは、毎回抽選の倍率がとんでもなく高い。そして、何より、そこは「陽キャ」と「ガチ勢」が集う場所だ。パーフェクト・ボッチの俺が、学校外で、しかも人混みの中で参加するなど、ありえない。
「あ、いや。俺は家で配信アーカイブをゆっくり見る派だから…」
美月は、俺の言葉を遮った。
「ダメだよ!推しは『生』で拝まないと!私も抽選当たったんだけど、一人で行くの寂しくて…」
美月は急にしゅんとした表情になり、上目遣いで俺を見つめた。
「ねぇ、『推し活パートナー』なんだから、一緒に行こうよ!会場でしか手に入らない限定グッズもあるんだよ?もし一緒に行ってくれたら、会場までのチケット代は私が出すし、並び待ちの間はノエルちゃんの裏話をずーっと聞かせてあげる!」
(裏話…!?)
俺は一瞬で心が揺らいだ。公式情報には出ないノエルちゃんの貴重な情報源。美月ほどの陽キャが、どうやってそんな情報を…。
「…お前、どうしてそんなにノエルちゃんに詳しいんだ?グッズも限定品ばかりだし、もしかしてガチ勢…?」
美月は一瞬、顔を赤らめた後、どこか誇らしげに言った。
「ふふん。まぁね。実は私、ノエルちゃんの**『公式切り抜き動画』を上げてるアカウントの管理人なんだ。フォロワーは三十万人**くらいかな?」
「は…はぁ!?」
クラスの陽キャ美少女は、ネットの世界ではノエルちゃん界隈のカリスマ的な存在だった。
「だからさ、篠宮くん。カリスマ推し活アカウントの管理人と、静かに推しを愛でるボッチ。この最強タッグで、最高のイベントを過ごそうよ!」
俺の「パーフェクト・ボッチ計画」は、ついにクラス一の陽キャによって、ネットとリアルの両面から、完全に包囲されてしまったのだった。
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