第二話 うつしたもの

 矢上がひょんなことから隠していた実力を見せてしまってから3日が経った。


 そんな今日は北山が所属するサークルがテレビ取材を受ける当日である。


 神居大学は4学年制の大学であり、全体の母数も多いのはそうなのだが、それでも料理研究会というサークルの所属人数が100人超えをしているのは少し変わった事である。


 北山の場合は経済学部経済学科に入り、そこで料理研究会に入った理由は彼女は海鮮問屋を営む両親の娘にも関わらず生魚は苦手。


 それを裏目に思ったが故に経営面において、加えて料理したものなら食べれるのだからその法を試作したいと料理研究会に入ったのだ。


 ただそんな理由を多くが抱くことなど無い。一人暮らしが料理の機会が多いから学びたいにしても多い。


 こうなった理由には所属生の一人である、

 春日井かすがい 桜子さくらこという存在が一重に大きい。


 何を隠そう、彼女の父はあの春日井官房長官だ。そんな人物の娘となればコネを求めて近寄ってくる女男の数も多いわけだ。


「桜子ちゃんの作ったマンゴーのタルト美味しそうー」


「ね、ほんと美味しそう流石桜子さんだよね!料理教えて欲しいなぁー」


 この日の取材内容は夏の食べ物を使ったデザート特集。各々作る物は違えど趣旨にあった物を作っている。


 テレビの取材ということで大いに格好も料理も気張らせている生徒が多いのだが、テレビ取材陣と言えば、親の立ち位置の高い桜子やサマーアウトで出された魚の卸先として話題に上がった店の娘、北山辺りしか目には入れていない。


 そんな事で桜子を中心に進んで行った撮影であったが料理を紹介する映像に特別面白い事はなく……いや、桜子と北山を途中勘違いして進行というちょっとした事故は、テレビ局が表面しか見ていないことが露呈する滑稽な姿として面白かったのかもしれない。


「心春さんってすごいわね。誰に対してもにこやかで。私カメラずっと向けられて少しムッとしちゃったもの。今日なんて特に視線がいやらしかったわ」


 撮影が終わり落ち着きが戻った頃に桜子がオーバーなリアクションを取りながら言う。


「そうかな?私ニコニコしてた?」


「えぇ、すごいニコニコしてたわよ。それが可愛くって私釘付けになっちゃったもの」


「えー、えへへ」


 そんな褒め言葉に北山は恥ずかしそうに笑う。


「桜子ちゃんも可愛いよ〜ほら、にぃー」


「ちょっと、心春さんったら……もぉ」


 桜子とひとしきり笑うと北山は2人して帰ることにした。外に出る直前に意識の高い桜子は外がすっかり暗くなったのにも関わらず紫外線を避けるための帽子を深々と被り道を歩く。


 そして北山が喫茶が向かうため道を別れ少し。―――突如体に電流が流れた。


 ◇


「……北山さん、まだ来ませんね」


 時間は9時。今日は撮影の都合上遅れてくるのは聞いていたがそれでも心配になる時間帯だ。


 そうして時間が経つ内に不安が募り、今日出勤したいと言われた時にもっと詳細を聞くべきだったか、迎えに行くべきだったのか等と思考が巡る。


 その一方で、彼女の年齢を考えれば心配をしすぎているのではとも思う。


 しかし一通の連絡がそれらが杞憂でない事を知らせた。


「矢上亘。緊急だ、北山 心春が攫われた」


 それは矢上の知り合いの情報屋からの伝達であった。その内容に一瞬気を取り乱しそうになるも今までの経験が冷静さを瞬時に取り戻させると、話に耳を傾ける。


「これは春日井の娘を護衛として張ってた奴の憶測の話だが、どうやら誘拐犯が小春と姿を間違えて攫ったしい。既に外は暗かった上に後ろ姿が似ているからな」


 しかしなぜ誘拐犯をその場で捕まえなかった。

 そんな言葉が喉元でつっかえる。


 春日井の所の護衛ともなればそれが十分にできる実力があるのは日本に帰ってから多くの機関に勤めた矢上も知っている。


「そいつはテロ組織『ブラック・フラッド』の構成員の一人だ。お前なら理解できるだろう?奴らの潜伏先は判明した。場所は神居市区の廃ビル高層階。数は不明、油断はするな」


 そう言うと情報屋からの連絡は切れた。


「くっ、ブラック・フラッドに」


 矢上の机台にのっている腕には力が強く入り血管が滲み見える。


 それなりの条件下はいえ誘拐相手を間違えるのでは程度が知れる。潜伏先を特定するためだけに一市民の北山が巻き込まれた事実に苛立った。


「急がなければ」


 そうして表へ出ようと足が動いた所で扉が開く。


「すみません、まだお店やってますかね」


 扉から一人のまだ若い男が顔を出す。

 初めて見る顔だ。特に何処かからの刺客という雰囲気も無い。


 タイミング悪く訪れた一般客だろう。


「申し訳ありません。本日急用ができてしまいまして」


 こうなればせめてもの誠意として頭を下げ、そして小さな駐輪場に1台置かれる自らのバイクへ乗るとバイクを走らせた。

 何を言われようと一刻の判断が身を委ねるのだから。


 客の男はそんな北山の行動を見て「なんか急いでるんだな」と思いながらその場を去った。


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