第16話 みらいの誕生日
「それで、九重先輩との勉強は結局どうなったんだ?」
「どうも、こうもないって。カホの奴よく分からない事を永遠と語り聞かせてきて、何も頭に入ってねぇよ!」
あんな理論指導じゃな……。俺だって理解出来ないだろうし、リアラなら尚更か。
「今日は、国語と社会のテストだし、ほぼ暗記問題だ。もう時間も少ないけど、教科書でも呼んどけ」
「くそぉ!! 満点取りたかったのに! こっから少しでも詰め込んでやる!」
社会の教科書を取り出し、テスト範囲のページを読み始めた。
いや、次のテスト社会じゃなくて、国語だから、今読んでも一時間後には頭から消えているだろう。
だけど、俺は敢えて指摘しない事にした。
「席につけ。テスト始まるぞ」
担任の先生が教室に入って来て、テスト用紙を配る。
今まで勉強してきたんだ。悪い点なんか取ったら、みらいに何言われるか。
「それでは、国語のテスト始め!」
隣から頭を打ちつけるようなガンっとした音が聞こえたが、俺は気にせずテストを解いていく。
テストが終わり、家に帰った後も自己採点し明日のテスト予習をする。明日は数学もある為、念入りにだ。
「…………」
勉強机にはひしゃげた懐中時計と、こないだゲーセンで取った髪留めが置いてある。自分への戒めと置いといた、懐中時計。俺はそれに数秒だけだけど、目が奪われてしまい。
「また、同じ失敗はしちゃダメだよな……」
すぐに思考を切り替え、勉強に集中する。
テスト二日目も無事に終了した。心配だった数学も、みらいに教えてもらった所が出題されていて、問題なく解く事が出来た。
リアラも何故か自信満々で、テスト終えていたから、九重先輩の教え方もあながち馬鹿に出来ないかも知れない。
中間テスト最後の日、五月二十九日。テスト期間最終日であると同時に、みらいの誕生日でもある日だ。
今日のテストは理科のみで、すぐに終わった。暗記問題ばかりで、助かった。高校、最初のテストだからか全教科、中学で習った範囲もたくさん出てきて、あまり悩まずに解答欄を埋められた。
「とりあえず、テスト終わった〜!」
「だな。終わったな……。やっとカホの勉強から解放されるぜ……」
「テスト、赤点回避出来そうか?」
「さぁな。適当に書いていったけど、少なくとも満点じゃないのは確かだぞ。分からない問題が多すぎたからな」
「始めから、満点なんか取れるわけないだろ。俺だって無理だからな。まぁ、期末テストは頑張ってくれ」
俺達は教室を出て、部室に向かう。部活はテスト期間中の為やっていなかったが、勉強会という
部室に着くと、九重先輩はもちろん、白河もすでに集まっている。
「臼杵君と天壌さん。紅茶淹れるから少し待ってて」
白河がいつものように、紅茶を淹れようとするが、俺はそれを止めた。今日は部室に長居するつもりはないからだ。
「ちょっと待ってくれ、白河。俺の分はいい。この後少し予定があってな、すぐ帰るんだ」
「そうなの? じゃあ天壌さんの分だけだね」
了承してくれた白河は、リアラの紅茶を淹れに戻った。
「そうですか。祐さんはこの後、帰るんですね。テスト期間も終わったという事で、少し多めに茶菓子を持って来たのですが……」
「すみません。外せない用事なので。俺の代わりリアラが沢山食べてくれますよ」
「おう! 任せろ。私がユウの分まで食ってやるぜ」
そう言うと机に置いてある、クッキーやブルーベリーケーキなどを手づかみで、口に放り込んでいく。九重先輩が言った通り、机には多種多様のお菓子が並んでいた。
甘い匂いが漂って、食欲が刺激されるが、今はここに来た目的を言わないと。
「今日、みらい休みなんです。それだけ伝えに来ました」
「そうですか。
「それじゃ俺、帰ります」
頭を下げ、部室を出る。そのまま家には帰らずに、みらいの家に向かった。この日だけは、みらいがみらいでいられる、特別な日なのだから。
みらいの家の前に着いた。後はインターホンを押すだけだ。一呼吸して、ボタンを押す。すると、インターホンからおばさんの声が聞こえて、鍵を開けてもらえた。
「いらっしゃい、祐君。未来ちゃんは、自分の部屋にいるから、行ってあげて」
「……ありがとう、おばさん。
みらいと交わした約束で、俺はおばさんの前だけでは、未来と呼ぶようにしている。みらいがそう願ったから。
一歩一歩、階段を登っていく。登っていくごとに心がざわついてくる。お前はまた、
部屋の前に着き、ノックをするが返事はない。だがこれはいつもの事だから、勝手に部屋に入る。
部屋は、タンスに机、ベッドに姿見があるぐらいだ。女の子の部屋にありそうな、ぬいぐるみなどは一切ない。
みらいはベッドの上にいた。もう昼近くだというのに、パジャマのまま毛布を被り、身体を丸め膝に顔を埋めていた。
「みらい、来たぞ」
「
膝から顔を上げて、俺の名前を呼んでくれる。祐くんと。いつも祐と呼び捨てにするのは、
「こっちに来て……」
無言で頷き、みらいが座っているベッドの上に乗り、みらいの横に座る。
「ねぇ……。わたしは上手く
「あぁ。きっと、おばさんも喜んでるよ」
ビデオカメラで撮ってあった
「わたしは、
「あぁ。みらいは
どんなに
「それじゃ、祐くんはわたしの事……好き?」
「………………」
この質問に答える訳にはいかない。未来の幸せを奪った俺が、みらいの事を好きだなんて思っちゃいけないから。
「今年も答えてくれないんだね……」
「悪い……」
「そう……」
みらいが被っていた毛布を取り、立ち上がる。そして、冷たい目で俺を見下ろしてきた。
「やっぱり
「みらい?」
何か、様子がおかしい。みらいはそのままベッドから降りると、窓際まで歩いていく。そこで、俺は目を疑った。気づいた時には、みらいの足元に、あの
な、何が起こった? 何で、あの犬がここに……。そもそも、己ノ瀬家は犬なんて飼っていないし、さっきまでこの部屋には、犬なんていなかっただろ。
「その、黒い犬……いつから……」
いたんだと、聞こうとした時、コンコンと扉にノックの音が響いた。
『
おばさんの声だ。こんな時にみらいの友達って、タイミングが悪い。今のみらいを、その友達に合わせる訳にはいかないし、今日の所は帰ってもらうのが一番いい。
『あ、ちょっと待って!』
部屋の外からおばさんの静止音が聞こえたかと思うと、扉がいきなり開かれた。そこには、おばさんともう一人、金髪の長髪に、子供並みに幼い容姿をした少女、リアラが立っていた。
みらいの友達ってお前かよ。
「よ、ミキ。休んだって聞いたから、来てやったぞ。って、ユウも来てたのかよ。用事ってミキの家に行くこと……んあ!?」
リアラが目を見開き、驚いていた。その視線は、みらいの足元にいる、黒い犬に向けられている。それは、おばさんも一緒で。
「
黒い犬の存在に気づいたおばさんが、みらいの方へ行こうとする。
「ミキのママ! あれに近づいちゃダメだ!」
「え、えっ?」
小さい身体で、おばさんの腰に抱きつく──いや、みらいの元へ行かせないようにと、身体を使って押し留めてる感じだ。
リアラはあの犬について、何か知ってるのか?
「リアラ! あの犬、いきなり
「前に話した気がするけど、あれは犬なんかじゃない……悪魔だ。何で、
あれが悪魔……? 見た目は犬と何ら変わらないけど、さっき俺は見たはずだ、いなかったはずの部屋から、急に現れた所を。ならやる事は一つだ。早くみらいから、あの悪魔を引き離さないと。
そう思った瞬間には、足はすでに動き出していた。すぐそこにいるんだ。手を伸ばせば届く!
「来ないで!」
「グゥアアアアアアアア」
みらいからの拒絶の言葉。それに反応するかのように、犬の形をした悪魔は叫び声を上げる。すると先程まで動いていた足が、床に縫われたかと錯覚するぐらいに、一瞬で動きを止めた。
「あ、足が動かない!?」
顔をリアラの方に向けると、俺と同じように足が動かないのか、必死に前へ進もうとしている。おばさんの方は、何が何だか分からない感じで、困惑した顔を覗かせていた。
「ど、どうして……。足が……」
「や、やべぇ……。悪魔の奴、ミキに
また、知らない言葉だ。いったい、何が起こってるんだ。
悪魔の姿が、溶けていく。ドロドロと形を崩し、みらいの影と混じり合って、足元を中心に暗黒が生まれた。その暗黒からは、触手のようなものが這い出て来て、みらいの身体を覆うように包んでいく。
「な、何をする気だよ! やめろ……やめてくれ……。これ以上みらいに、何もしないでくれえええッ!」
足を動かせない俺に出来ることは、ただ懇願する事だけだった。だが俺の叫びなど、この場では何の役にも立たない。
みらいを覆っていた、暗黒が剥がれ落ちる。そこから出て来た姿はまるで、
「
ほとんど、パニック状態と言っても良いぐらいに、おばさんは身体を震わし、息を荒くしている。
その姿を一瞥したみらいは、部屋にある窓に振り向く。その後、ハイヒールの裏でコツンと床を踏みつけると、何の力が働いたのか、窓のガラスが砕け散り、遮るものは無くなったと言わんばかりに、みらいはベランダに出て、どこかへ行ってしまった。
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