第15話 雑談部での勉強会
四限目の体育の時間。俺は遅刻した罰として体育準備室に来ていた。先生の手伝いである。今日の授業内容は、前回と同じテニスで、準備室からラケットとボールを持って行ってくれと指示された。とりあえず、ラケットから持っていくか、と準備室を出ようとすると先生が臼杵、と話しかけてくる。なんだ?
「あー、確か臼杵は、雑談部の部員だったよな?」
「ですね。それがどうかしました?」
「実はな、雑談部の目安箱に相談を出したんだ……」
「はぁ……そうですか」
ほとんど匿名だから知らなかったな。まさか、生徒達だけじゃなくて、先生も目安箱に相談事を出してたなんて。
「それでな、俺の出した相談を優先してくれるなら、今回の遅刻した罰は、今日まででいい」
「マジですか! 任せてください、部長には言っておきますから」
「そ、そうか。助かる。でだ、その相談に出した時の匿名は、伯氏と言う名でな。伯爵の伯に敬意を表す氏で伯氏。探せばあると思うから臼杵、頼んだぞ」
「…………」
伯氏ってあんたかよ! なんか、すげぇ学生っぽい悩みだなとか思った、俺の気持ちを返せ! いい歳した体育教師が、なに学生っぽい事を相談してくるんだよ! 心はピュアか!
「分かりました、先生。雑談部の誇りにかけてでも、先生の相談に乗ってみます」
と思っても、決して口に出す事はない。勇気を振り絞って言ってくれた、先生に失礼だからな。本音は心の中だけで叫ぶもんだ。
「そこまで言ってくれるか! それと、この事はくれぐれも内密にな。雑談部の部員にもだ。この話は俺と臼杵の中だけの秘密にしてくれ」
「わ、分かってますよ。だから、耳元で言うのやめてもらっても……?」
「おっと、すまない。それでは、テニスコートまでラケットとボール頼んだぞ」
いきなり、耳元で囁かれた時は寒気が全身を走って倒れるかと思った……。それとさ、何で俺、体育教師と共通の秘密みたいの作っちゃってんの? こういうのは、恋人同士とか親友とやるもんだろ。はぁ……。
※※※※
六限目までの授業が終わり、雑談部の部室にて、みらいがこないだ言っていた、勉強会の提案について話してきた。
「中間テストも間近になった事だし、勉強会を開きましょ! 伯氏さんの相談の方もあらかた片付いて、後はまとめた奴を生徒会に提出するだけだから、今日から雑談部は、テストが終わるまで勉強をします! いいわね、皆?」
みらいの勉強会発表に、誰の反論もない為、無事可決された。この勉強会で一番やる気を出しているのは、以外? にもリアラだ。本当に満点を狙うつもりらしい。
「それじゃカホ、私に勉強を教えてくれ。この中じゃ一番頭いいだろ?」
「ちょ、リアラ。本当に夏帆に教えてもらう気? 前にも言ったけど夏帆、人に教えるの下手よ」
「失礼ですね。わたくしだって勉強を教える事ぐらい出来ます。見ててください」
九重先輩はリアラから一年生の教科書を借りると、パラ読みし始めた。
あれでちゃんと読めてるのか? まぁ、九重先輩の事だから、読めてるんだろうけど。
五科目の教科書を読み終えた九重先輩は、リアラにノートを開かせると数学から教え始める。それなら俺も聞きたいと思い、二人に近づこうとした所でみらいに肩を掴まれた。
「やめといた方が良いわよ。夏帆の教え方は、凡人には理解出来ないから」
「そんなにか……」
「えぇ。だからわたし達は、こっちで勉強会しましょ」
ここはみらいの言葉を信じ、俺達三人はあっちとは、結構離れた場所で勉強をする事になった。みらい曰く夏帆の授業を聞くと、集中出来なくなるとか。
「そういえば、千明君は何か苦手な分野ある?」
「僕、国語が苦手なんですよね。漢字とかは覚えられるから良いんですけど、文章問題が苦手で」
「なるほどね、分かったわ。とりあえず、祐は数学で分からない事あったら、聞いて。千明君には、例題考えるから」
それから集中して、数学を解いていた。この因数分解が、ほんと難しい。公式を覚えて、それに当てはめて計算するだけだが、文字や指数が増えてややこしすぎる。
集中が途切れ、リアラがちゃんと出来てるのかが気になり、横目でチラッと見る。一応真面目に勉強してる風だった。そう、風なんだ。あの目は、意識が別の所に飛んでる時の、虚無の瞳をしていた。
「リアラ、全然集中出来てないな……」
「こら、集中出来てないのは祐の方でしょ」
コツンと、軽く頭を叩かれた。
「それは事実だけど、リアラの方がもっとやばいだろ。目が死んでるぞ」
「そりゃね。夏帆の授業聞いてたら、皆あぁなるわよ」
「九重さんってその、そんなに教えるの下手なんですか?」
「なんなら、近づいて聞いてみる? 夏帆が何を教えているのか」
俺と白河は頷き、離れて勉強をしているリアラ達の方へ近づいた。
「いいですか、リアラさん。中間テストの範囲でもある因数分解とはいわば、式の展開の逆なんです。展開された式に、掛け算の要素である因数を分解する、これを因数分解と言います。そして、こちらが展開と因数分解の関係で──」
部室にあるホワイトボードに、九重先輩の手によって因数分解の公式が書かれていく。
「白河、九重先輩が何言ってるか分かるか?」
「うーん。多分だけどね、因数分解の理論を語ってるんじゃないかな……?」
理論って……。そんなの教えられても頭に入らないだろ。あれか、九重先輩は頭が良すぎるあまり、理論から教え始めるタイプなのか。確かにみらいの言った通り、教えるのが下手なのかもしれない。
「ね、言ったでしょ。夏帆ってあんな風に教えるから、全然意味が分からないのよね。しかも、理解するまでずっと同じ事言うから、勉強が全然進まないし」
「みらいが言ってた意味が分かった。確かにこれは……」
「下手でしょ? さぁ、夏帆の教え方が分かった所で、勉強を再開しましょうか」
席に戻り、先程まで解いていた因数分解を始める。分からない所は、みらいに聞きつつ着実に解き進めていった。
「この登場人物の心情は、ここの文から読み取れて……」
「ああなるほど、分かりました。部長教えるの上手いですね。苦手な文章問題なのに、サクサク進められて楽しくなってきました」
「そう言ってもらえると教え甲斐があるわ。千明君も飲み込みは早いし、祐もある程度は解けてるから、今日はこのぐらいにしましょうか」
気づけば、勉強を始めてもう二時間近く経っていて、もう五時半ちょっと前ぐらいになっていた。集中すると時間が進むのが早い。腕を伸ばし肩をほぐす。九重先輩の授業の一環を聞いてから、ずっと座りっぱなしで、肩と腰が少し疲れた。
「なぁ、ミキ……。カホの奴、何言ってるかさっぱり分からなかったぞ。先生の教え方の百倍は分からなかった……」
濁った目とふらついた身体で、こちらに来るリアラ。あんな授業を受けてたら、こうなるのも当然か……。
「せっかく忠告したのに、リアラが夏帆に教えてなんて言うからよ」
「む……。わたくしの教え方は完璧でした。ただ、リアラさんは今まで勉強に触れてこなかった為、理解出来なかっただけです。次は数学ではなく算数から教え、徐々に理解させていきますから」
次もまた、リアラに勉強を教える気らしい。教えるのが下手と言われ、火が付いちゃったんじゃないのか?
「なので、頑張りましょう。リアラさん」
「う、うん……。次はもっと分かりやすく頼むぞ?」
マジか……。あの授業を受けて、まだ九重先輩に教えてもらおうと思えるなんて……。さすが天使だ。
「そういや、みらいはずっと俺達に勉強教えてたけど、自分の勉強は良かったのか?」
「問題ないわよ。家でも復習してるし、赤点取る事はないと思うわ」
「赤点か。白河は中学の時とか、赤点取った事あるか?」
「無かったと思うよ。苦手な国語も平均七十点ぐらいだったからね」
「そうなると約一名、赤点取りそうな奴がいるな……」
みらいも九重先輩も、赤点なんて取らないだろうし、白河も平気そうだ。俺は数学さえ何とかなれば、回避できるだろう。だけど、リアラは五教科全てが危うい。
「なんだよ。じっと見て……」
「いや、これは本格的に対策しないとヤバいと思ってな」
実際の所、中間テストで赤点を取った所で、補習はないが、期末テストまで赤点だと放課後に補修になってしまう。だから、今回のテストは捨てて、九重先輩が言っていた算数から始める──つまり基礎から学ばせるはアリかもしれない。
「今回のテストは諦めて、次の期末テストでいい点取りに行った方が現実的かもな」
「んあーーーー!? 私は今回のテストで満点取るんじゃ!! 次のテストなんて待てるか!」
「リアラさんの言う通りです。満点は無理でも、せめて赤点回避はさせて見せます」
珍しく九重先輩が、突っかかってきた。と言うより、初めてかも知れない。こんな一面もあるんだな。
「いや、でも……」
「でも、じゃありません。未来さんに、教えるのが下手なんて言われて、黙っていられませんもの」
これは、本格的に火が付いてるな。でも、九重先輩の教え方で本当に赤点が回避できるかどうか……。
「諦めた方が良いわよ。こうなると夏帆、全然話聞いてくれなくなるから」
「みらいが下手なんて言わなきゃ、こうはならなかったんだけどな」
「それについては、反省してるわ……」
あ、反省してるんだ。
「まぁ、分かりました。九重先輩になら、リアラを任せられます。頑張って教えてやってください」
もう、どうにでもなれ的なあれで、全部丸投げした。最悪、期末テストの時に俺やみらいが教えれば何とかなるだろ。
「はい。祐さんの期待に応えられるように頑張りますね」
任されたのが嬉しいのか、喜んでくれている。でも違います、丸投げしただけなんです……。
「それじゃ、夏帆がリアラを見て、わたしが祐と千明君を教えるって事で。方針も決まった事だし、帰りましょうか」
ここからテストが始まるまでの間、雑談部では勉強一色に染まっていった。集中出来て勉強が出来る半面、九重先輩の理論指導が耳に届き、度々乱される事もあったが、何とかテスト当日までには、仕上げられたと思う。
そして、中間テストが始まったという事は、あと数日の内に、みらいの誕生日がやってくる。
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