第11話 天使への街案内

「差し支えなければ、住所を教えて頂けると」


「そうですよね、えっと俺とリアラは同じマンションで──」


 リアラは当然、住所を答えられない為、俺が答える。続けてみらいが言い、車が出発した。


「まずは、祐様とリアラ様のご自宅へ向かわせて頂きます」


「はい、お願いします」


「おう。任せたぞミヤビ!」


 俺達の時もそうだったけど、初対面相手にタメ口は、良い意味でも悪い意味でも凄いと思う。天使の世界、天宙界? にいた時は、家に引きこもってオタク活動をしていたと聞いたが、コミュニケーションはばっちり取れるらしい。たが、その距離感が苦手な人は、一定数いるのも事実。ここは少し、口を出させてもらおう。


「すみません虎衣さん。リアラって初対面の人にもこんな感じで、タメ口とか呼び捨てを平気で使う子なんです。なので、気にしたなら……」


「ふふっ」


 俺の前の席、つまり助手席から笑い声が聞こえた。え、九重先輩、笑う所ありました?


「祐様、別段気にしていないので、お気遣い無く。むしろ、タメ口の方がオレは嬉しいくらいです。それとお嬢、笑うのは失礼かと」


「祐さんに笑った訳ではないですよ。少し昔の事を思い出してしまって」

 

「昔ってそれ、もしかしなくてもオレの事言ってますか?」


 困惑したかのように、虎衣さんが呟く。


「そうですよ。やんちゃだった頃の虎衣の事です」


 九重先輩の家庭の事情は良く知らないが、実の兄──湊先生の事を語っている時より断然、楽しそうに虎衣さんと話している。まるでこっちの方が本当の兄妹みたいに。少なくとも俺にはそう見えた。


「やんちゃって事は、昔のミヤビってヤンキーだったのか! 私ヤンキー漫画とかよく読むぞ」


「ヤンキー……とはまた違いますが、昔は多少荒れていたって話ですよ」


「あ、わたし虎衣さんの昔の写真、見た事あるわよ」


「えっと、未来様それはどこで……」


「前に夏帆の家に行った時に、夏帆がアルバムを持ってきてくれたのよね」


「なるほど、お嬢がですか……」


 赤信号で止まっている為、チラッと虎衣さんが隣を見る。


「あら、何か不都合でもありましたか?」


「いえ……。ですが、処分したはずのオレの写真が、何故残っているのかは疑問に残りますが」


 そんな雑談を繰り返している内に、車は目的地に辿り着く。虎衣さんが運転席から降り、俺とリアラ側のドアを開けてくれた。


「祐様、リアラ様、お忘れ物が無いようお降りください」


「ここまで送ってくれて、ありがとうございます。それじゃ九重先輩、また月曜日。それと、みらい。リアラの街案内の件だけど、日曜日の待ち合わせは、駅前でいいよな?」


「うん、それでいいわ。細かい場所は、後でメッセージ送るから。ちゃんとリアラを連れてくるのよ」


「分かってるよ。案内する前に迷子になられちゃ、困るからな」


「迷子になんてなるか!! 多分な!」


 その言葉は、迷子になる常套句だ。それを堂々と言えるなんて、さすがだと言うしかない。


 車を降り、去っていくのを見届けた後、ふと俺は、学校で見た黒犬についてリアラに話していた。


「なぁ、どう思う?」


「どうも何も、私は昨日も今日も、その犬を見てないから何も分からんぞ。どうせ似てただけだろ、気にすんなよ。そんな事より、明日の朝ユウの所行くから鍵開けといてくれよな」


「は、何で?」


「そんなの決まってんだろ。サンブルやるからだよ」

 

「……サンブルって何だよ。サンプルみたいな名前だな」


「サンクチュアリ・ブルームだよ! 略してサンブルな。記憶しとけ!」


 あぁ、あのゲーム、略すとサンブルって言うのか。サンクチュアリ・ブルームじゃ確かに題名長いもんな。そりゃ、略しぐらいあるか。


「そういや、みらいにやっとけって言われてたな……」


「だろ! 私が手取り足取り、ヒロイン達の落とし方を教えてやる。目指せハーレムエンド!」


「目指さないから……。えっと、星野莉菜だっけ? メインヒロインの。あの子だけでいいだろ」


「莉菜ちゃん攻略するなら、もっとやる気だせやぁぁぁ!」


「あー、うるさい。夜に大声出すと、近所迷惑になるって言ってるだろ」


 俺はリアラの口を塞ぎ、誘拐犯みたくマンションまで引きづり込んだ。

 後で気づいたんだが、この行為って周りに誰かいたなら、警察に通報されててもおかしくなかったよな……。少しだけ反省する。


 そしてリアラとのゲーム三昧な、土曜日が過ぎ、日曜日。


 俺は目の前の天使の格好に、驚愕していた。


「その服装で行くのか……?」


「当たり前だろ。この服こそ私の正装なんだからな!」


 リアラの服装は白いTシャツに、ショートパンツ。これの何がヤバいって、Tシャツのサイズが大きすぎるせいで、ショートパンツと重なって下が履いてないように見える所だ。しかもTシャツにはデカデカと黒文字で『引きこもり? それ私です』と書かれていた。


「その服、昨日も着てきたよな。着替えてないのか?」


「正装だって言ってんだろ。何着もあるに決まってるじゃねえか!」


「その服、何着もあるのか……。まぁ、リアラが良いならそれで良いや。とりあえず待ち合わせの駅前まで、行くぞ」


 俺達はマンションを出て、駅前に行く。十時に待ち合わせで、ここからなら、歩いて五分ぐらいで着く。道すがらコンビニの場所とかを、教えながら向かった。リアラは初めてコンビニに入ったらしく、アイスとかを見て、はしゃいでいた。他の客にチラチラ見られていたが、リアラは気はする様子もなく、無事コンビニでアイスの会計を済ませられた。


「店員さん、リアラの服装見ても何の反応も示さなかったな。周りの客はあんなチラチラ見てたのに」


「それは私の神々しさに、当てられたんだろ。これでも私、天使だから!」


「そういえば、そんな設定もあったな」


「設定じゃねぇわ! そんなこと言うならアイスあげないからな」


 そう文句を言いつつも、俺にアイスを渡してくれた。モナカのアイスだ。


「俺にも買ってくれたのか。意外だな」


「ユウだけじゃなくてミキのも買ってあるぞ。私は、私の為に動いてくれる人には、優しいからな!」


 基本、人にはタメ口で話し、自分の事は大胆不敵で語る。それでも、他人を見下してる訳じゃない。ちゃんとリアラは、他の人達の事も考えてるんだと、俺は受け取ったアイスを見て思った。

 

 少し歩き、駅前に着いて周りを見渡したが、みらいはまだ来てないようだ。


「ミキの奴まだ来てないのか。アイス溶けちゃうぞ」


「まだ時間まで、二十分ぐらいあるし、その内来るだろ」


 それから三十分ぐらい待ったが、来る様子がない。まぁ、みらいは時間にルーズだからな。もう少し待とう。


「もうとっくに、待ち合わせ時間過ぎてねぇか? ミキ遅すぎるだろ。アイスもう溶け始めてるし、私が食べる! がぶ」


「みらいと待ち合わせするなら、このぐらい当たり前だと思わなきゃな。基本いつもこうだ」


「マジかよ。引きこもりだった私ですら、時間は守ってたぞ」


 更に五分待ち、ようやく遅刻魔が姿を現した。


「ごめん、少し遅れちゃったわね」


「少しじゃないからな! 十五分も遅刻しやがって。せっかくアイス買ってきてやったのに、溶け始めたから私が食べちゃったぞ!」


「それは残念ね。また今度買って欲しいわ」


 俺はその会話を、呆けながら聞く。何せ、リアラのとは違って、みらいの服装は気合が入っていて、目が釘付けになってしまったからだ。

 

 トップスは、レースがあしらわれた薄桃色のブラウス。ボトムスはチェック柄の黒いスカートを履いていて、何より白いニーソックスとスカートの間にある絶対領域が……。


「って、祐聞いてる?」


「はっ!? えっと、何か言ってたのか?」


「聞いてなかったのね。これからリアラの服買いに行こうかと思って。聞いてみたら、ほとんど、この服しか持ってないって言うじゃない。だから、流石にそれはね……」


「あ、あぁ、なるほどな。確かにこの格好はヤバいよな」


「なんか、心ここに在らずね。何かあった?」


「何もないから。さて、服買うならやっぱりあそこか。遊ぶ場所もあるしな」


「そうね。それじゃ行きましょうか」


 何とか、見惚れてた事がバレずに済んだ。


「なぁ」


 と、リアラが俺にだけ聞こえる声で、話してきた。

 何だ?


「さっき、ミキの事をエロい目で見てただろ?」


「…………」


 みらいにはバレてなかったぽいのに、リアラには何故か気づかれていた。マズイな……。この事で何か、脅されるかもしれない。


「な、何が目的だ……」


「目的なんてねぇよ。ただユウ、お前ミキの事好きだろ? だけど分からないのは、ミキはお前には、他に好きな人がいるって言ってたし、どう言う事だ?」


「…………。お前のいつもの勘違いだろ。俺がみらいの事を、好きな──好きになる資格なんて無いからな」


「おい、どう言う……」


「二人共、早く来ないと置いてくわよー」


 先に行っていたみらいが、立ち止まり、両手を口に当てこちらを向いていた。口に手を当てているのは、声を逃さないようにしているんだろう。


「ほら、行くぞ。急がないと本当に置いてかれるからな」


「まぁ、話したくないなら別に良いけどよ。何かあるなら相談ぐらいは乗るぞ。天使は人を導く存在だからな」


 リアラのその言葉に、俺は答えない。


 目指してる場所に向かうまで、みらいがリアラに色々と語り始めた。ここの甘味処は美味しいとか、受験の時はこの神社にお参りしに来たとか、そんな感じの雑談だ。俺はそれを後ろから、ただ黙って聞いていた。


「ようやく見えて来たわね。アレクモールが」


 まだ少し離れているが、アレクモールの屋上部分が姿を現す。


「あの高い建物に向かってるんだよな? 服屋にしてはデカすぎないか!? 何種類の服が売ってるんだよ」


「あぁ、違うわよ。あの建物の中にはね、沢山のお店が入ってるの。服屋だけじゃなくて、映画館とかフードコーナー、家電量販店もあるわね」


「マジかよ……。ば、万能じゃねえか!」


 相変わらず、初めて行く所にはテンションが上がるリアラ。それもそのはずか、リアラは天宙界って所で暮らしていたんだから、ここは物珍しい所だらけだろう。


 すると、道路を挟んで公園が見えてきた。小さな公園で、男女の子供が砂場で遊んでいるのが分かる。


「…………」


 俺はその光景を見て、懐かしい感情が心に湧いてきた。だが、それはすぐに拡散してしまう。

 目の前でリアラと楽しそうに話をしている少女の姿を見て、俺には懐かしむ権利すらないと。

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