エピローグ 桜、また咲く頃に

 再び、桜が満開の季節。


 七海は、母と一緒に父の墓参りに来ていた。


「今年も綺麗に咲いたわね」


 妙子が言った。


「うん。お父さんも、見てるかな」


「きっと見てるわよ」


 二人は墓に花を供え、手を合わせた。


 四年前、父が亡くなった時、七海は深い絶望の中にいた。


 でも今、七海は平穏を感じていた。


 悲しみは消えていない。

 父を思い出すたびに、胸が痛む。


 でも、同時に温かさも感じる。

 父との思い出が、七海を支えている。


「お母さん、最近どう?」


「元気よ。地域のボランティアを始めたの」


「ボランティア?」


「お父さんがやっていた、図書館のボランティア。それを引き継ぐことにしたの」


 妙子は嬉しそうに言った。


「お父さんの遺志を継ぐような気がして」


「素敵だね」


「七海は? 論文の反応はどう?」


「おかげさまで、色々な人から連絡をもらったわ。自分も同じような経験をした、共感した、って」


 七海は微笑んだ。


「特に、愛する人を亡くした人たちから、たくさんメッセージをもらった」


「良かったわね」


「うん。私の経験が、誰かの役に立ったなら嬉しい」


 墓参りの後、二人は公園を散歩した。


 桜の下で、多くの人々が花見をしている。笑い声が響いている。


「命は続くのね」


 妙子が言った。


「お父さんは亡くなったけど、私たちは生きている。そして、新しい命も生まれている」


「循環……」


「そう。大きな命の循環の中で、個人の生死があるのね」


 二人は桜の木の下に座った。


「七海、聞いてもいい?」


「何?」


「今、お父さんがどこにいると思う?」


 七海は少し考えた。


「色々な場所にいると思う」


「色々な?」


「この桜の下にも、私たちの心の中にも、思い出の中にも」


 七海は微笑んだ。


「そして、もしかしたら、私たちがにもいるかもしれない」


「曖昧ね」


「うん、曖昧。でも、それでいいと思う」


 七海は続けた。


「確実な答えはない。でも、希望はある。その希望が、私を生かしてくれる」


 妙子は娘の手を握った。


「七海、強くなったわね」


「お母さんも」


「お父さんのおかげね」


 二人は笑った。


 風が吹き、桜の花びらが舞い散った。


 ピンク色の花びらが、二人の周りを舞う。


「美しいわね」


「うん」


「でも、すぐに散ってしまう」


「だから美しいのかも」


 七海は空を見上げた。


「命も同じね。限りがあるから、大切なのよ」


「そうね」


 妙子も空を見上げた。


「お父さんの命も、私たちの命も、限りがある。でも……」


「でも?」


「愛は、永遠かもしれない」


 その言葉に、七海は深く頷いた。


 愛は、永遠。


 それこそが、天国なのかもしれない。


 二人はしばらく、無言で桜を見ていた。


 やがて、妙子が立ち上がった。


「さあ、帰りましょう。夕食の準備をしないと」


「今日は何?」


「お父さんの好きだったものを作るわ」


「いいわね」


 二人は公園を後にした。


 背後で、桜が静かに咲いている。


 命は続く。


 記憶は残る。


 そして、愛は永遠に。


 天国は――信じる者の心の中に、確かに存在する。


 七海は振り返り、桜の木を見た。


「お父さん、ありがとう」


 小さく呟いた。


「いつか、また会おうね。それがいつになるかわからないけど」


「それまで、私は生きる。お父さんが誇れるように」


 風が、優しく答えた。


 まるで、父の声のように。


「そうだね、七海。生きてくれ。そして、幸せになってくれ。それが僕の唯一の願いだ」


 七海は微笑んだ。


 そして、母の後を追って、歩き始めた。


 新しい一日へ。


 新しい人生へ。


 父の愛を胸に。


(了)

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【短編小説】天国の在処 ~愛する人はどこへ行ってしまったのか~(約36,000字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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