第九章 それぞれの答え
数週間後、七海は再び冬香の寺を訪れた。
「七海、どう? 少しは気持ちが落ち着いた?」
「うん。色々な人に会って、色々考えて……」
二人は本堂の縁側に座った。
「それで、答えは見つかった?」
「答えというか……自分なりの考えがまとまってきたわ」
「聞かせて」
七海は深呼吸をした。
「天国が物理的に存在するかどうか、私にはわからない。でも……」
「でも?」
「天国は、人の心の中に確かに存在すると思う」
冬香は優しく微笑んだ。
「それは、良い答えだと思う」
「冬香は、本当に極楽浄土があると信じているの?」
「信じているというより……信じたいと思っている」
冬香は正直に答えた。
「私は僧侶だけど、完璧な信仰を持っているわけじゃない。疑問を持つことだってある」
「そうなのね……」
「でもね、信じることで、私は強くなれる。辛い時も、『これは永遠じゃない』って思える」
冬香は七海の手を取った。
「七海のお父さんも、天国にいるって信じてる。なぜなら、私の心の中で、お父さんは安らかに微笑んでいるから」
七海は深く頷いた。
その後、七海はマリアにも会いに行った。
「朝倉先生、お元気でしたか?」
「はい。マリアさんのおかげで、色々考えることができました」
二人は教会の庭を歩いた。
「それで、答えは見つかりましたか?」
「完全にではありませんが……でも、以前よりは心が軽くなりました」
「それは良かったです」
マリアは微笑んだ。
「私、最近思うんです」
七海は言った。
「信仰って、証明するものじゃなくて、感じるものなのかもしれないって」
「その通りです」
マリアは頷いた。
「信仰は、頭で理解するものではなく、心で感じるものです」
「マリアさんは、本当に天国を信じていますか?」
「はい、信じています」
マリアは迷いなく答えた。
「証拠はありません。でも、私は神の愛を感じる。その愛が、天国の存在を私に確信させます」
七海はその潔い態度を羨ましく思った。
「私も、そんな風に確信を持てたらいいのに」
「あなたもすでに持っていますよ」
マリアは言った。
「お父様を愛する気持ち、お父様との再会を願う気持ち。それが、あなたの信仰です」
「でも、私は神を信じているわけじゃ……」
「神を信じることだけが、信仰じゃありません。……あ、こんなことをキリスト教のシスターが言ったらいけませんね」
マリアは微笑みながら、優しくそう言った。
「愛を信じること、希望を持つこと、それも信仰の一つの形です」
七海は、マリアの言葉に心を打たれた。
次に、七海は理沙にも報告に行った。
「朝倉先生、その後どう?」
「色々考えて、少しずつ答えが見えてきました」
「それは良かったわ」
理沙は嬉しそうに笑った。
「それで、どんな答えに辿り着いたの?」
「天国は、証明できるものじゃない。でも、信じる人にとっては存在する。そんな感じです」
「なるほど」
理沙は考えた。
「それは、科学的な答えじゃないけど、人間的な答えね」
「理沙先生は、やはり天国は存在しないと思いますか?」
「科学者としては、そう言わざるを得ないわね」
理沙は答えた。
「でも、人間としては……もし天国があったら素敵だなって思う」
「え?」
「だって、母にまた会えるんだもの」
理沙は少し照れくさそうに笑った。
「科学者も人間だから、感情はあるのよ。意外?」
七海は微笑んだ。
「理沙先生のお母様も、先生の心の中で生きているんですね」
「そうね。記憶という形で」
理沙は頷いた。
「科学的には、それが唯一の不死かもしれない」
最後に、七海は佐和子を訪ねた。
「七海さん、良い顔になったわね」
佐和子は開口一番そう言った。
「そうですか?」
「ええ。迷いが晴れた顔よ」
「まだ完全に晴れたわけじゃありませんが……」
「それでいいのよ」
佐和子は優しく言った。
「完璧な答えなんて、ないんだから」
二人は書斎でお茶を飲んだ。
「佐和子先生、一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「先生は、死を恐れませんか?」
佐和子は少し考えた。
「恐れないと言ったら嘘になるわね。でも、受け入れてはいる」
「どうやって?」
「死は、生の一部だと考えることで」
佐和子は説明した。
「人生には、誕生と成長と老いと死がある。それは自然の摂理。だから、死を特別に恐れる必要はないの」
「でも、死んだら……」
「何があるかわからないわね」
佐和子は微笑んだ。
「でも、わからないからこそ、面白いじゃない。人生最後の冒険よ」
七海は思わず笑った。
「冒険、ですか」
「そう。未知の世界への旅立ち」
佐和子は楽しそうに言った。
「もし天国があったら、そこで色々な人に会えるわね。祖父母や、亡くなった友人や」
「もしなかったら?」
「それはそれでいいわ。意識がなくなれば、何も感じないんだもの。苦しみもないわ」
佐和子は付け加えた。
「でもね、死んだ後のことより、今をどう生きるかが大切だと思うの」
「今を……」
「そう。今、この瞬間を大切に生きる。人に優しくする。学び続ける。愛する。それが、死への最良の準備だと思うわ」
七海は深く頷いた。
「佐和子先生、ありがとうございます」
「どういたしまして」
佐和子は立ち上がり、庭を見た。
「桜が咲く季節がまた来るわね」
「はい」
「お父さんが亡くなってから、もうすぐ一年?」
「そうです」
「桜は毎年咲く。人は一度しか生きられない。でも、その一度の人生で、たくさんの桜を見ることができる」
佐和子は振り返った。
「お父さんも、たくさんの桜を見たでしょう?」
「はい」
「それは、幸せな人生だったということよ」
七海は涙が出そうになった。
「そして、七海さんもこれからたくさんの桜を見る。その時、お父さんのことを思い出すでしょう」
「はい」
「それが、お父さんの永遠なのよ」
佐和子の笑顔は、とても眩しかった。
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