その7 とっくに芽生えた二人の、
■ブライダル学園の贄婿
◆その7 とっくに芽生えた二人の、
藻玉様のバイクから半ば飛び降りるようにして未咲様に駆け寄り、その華奢な身体を抱き起こす。
というか抱き上げる。
手首を縛っている縄を解くと白い肌に痕が見え、己の不甲斐なさにぎり、と歯噛みしそうになる。
目隠しを外し、口元を覆うガムテープを慎重に剥がすと、自由の身になった未咲様がけほけほと呼吸を整えるように咳き込んだ。
瞳は恐怖によるものかいつも以上に潤んでいる。
痛みも苦しみも悲しみも、僕がこの御方にまたしても与えてしまった。
――だから、僕が守るんだ。守り抜くんだ。
未咲様と共に、この窮地を脱するんだ。
もう、あの頃の僕とは違う。
無力で非力なだけのただの子どもの僕は、少しは卒業できたはずだから。
「てめ⋯⋯⋯っ、邪魔してんじゃね
えよっ!」
賊の一人が僕たちに殴りかかるが、僕は咄嗟に足払いをして男のバランスを崩した。
それから、ふらついた男の種族を確認し、弱点部分に強烈な蹴りを叩き込む。
僕は体格に恵まれていないから、こういう戦いを得意としている
武術の基礎的な訓練、あらゆるあやかしの生態知識を脳に叩き込む学習。
本当なら拳も使った方が戦闘はやりやすいのだけど、今ここで未咲様を離すわけにはいかない。
僕はもう無力ではなくなったけど、あの日と変わらず未咲様の盾で鎧。
まだ、未咲様の剣にはなれていないけれど。努力がまだまだ必要だけど。
今の僕がするべきことは、未咲様を確実に守りながら、常世で犯罪者を取り締まる『目明し』の到着を待つこと。要は時間稼ぎだ。
この賊は一人たりとも逃がしてはならない。
いつまた未咲様の脅威になるかわからない。
「……僕の大切な人を、これ以上苦しめるものか!!」
そうして僕は未咲様を抱きかかえながら、襲い来る暴力をあしらい続け、暴を無力化することに心血を注いだのだ。
◆
「木折よぉ、途中から俺のこと忘れてただろ?」
「はっ! も、申し訳ございません藻玉様⋯⋯⋯! 藻玉様には本件で多大な恩義を得たと言うのに⋯⋯!」
結論から言うと、事態は解決した。
あのあとすぐに目明しは到着して賊を連行し、今の僕はここまで連れてきてくださった藻玉様にからかわれている真っ最中だ。
「ま、いいけどな。アレはお前の戦いだし。お前の姫さんから、もう目ぇ離すんじゃねえぞ」
そう言って、藻玉様は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
ちなみに未咲様は男性である藻玉様に怯え切って、僕の背中にしがみついていた。
藻玉様はそんな僕たちを見てふっと笑って、バイクに乗って風のようにその場を去って行った。
僕たちも帰ろう、と未咲様に手を差し伸べる――前に、僕は、未咲様に深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、未咲様」
「ぇ⋯⋯⋯な、なんで⋯⋯?」
「僕の不注意で貴女を危険な目に遭わせました。屋敷に帰ったら旦那様から大目玉を喰らうと思いますが、その前に誠意を示したくて……申し訳ございません。貴女をこの世の全てから守り抜くと誓っていたのに」
僕の言葉に、未咲様はぎょっと目を見開き、ふるふると必死に首を横に振る。
それから彼女は、ぎこちなく僕の服の裾を掴んだ。
「そ……そんなことない……木折くんがいなかったら、私、今頃……どうなってたか……あの、あのね、木折くん……っ」
おとなしい未咲様にしては珍しく、自分の意見を主張したい気分らしい。
僕は黙って、従順に彼女の言葉に耳を傾ける。
「わ、私……木折くんは、かっこいいと、思う……」
「…………へ?」
「木折くんは、私のこと良く可愛いって言ってくれるけど……私にとっては、木折くんの方がずっと素敵。心が折れなくて、頑張り屋で、尊敬できるし……わ、私なんて、『未咲』だから……まだ、咲いてないの。まだ何もできない、守られるだけの……」
「それは違います、未咲様……未咲様はたいへを愛くるしく、その存在は僕の努力の原動力で……」
お互いがお互いを過剰に褒め合う、奇妙な状況。
しばらく何となく気恥ずかしくて見つめ合っていたら、未咲様がぽつりと呟いた。
「.....好き、だよ。木折くん。大好き」
「…………!! 未咲様!!」
「わっ⋯⋯」
ぎゅうっと胸に何かが込み上げてきて、僕は気付けば未咲様を横抱きに抱き上げていた。
まるで、王子様がお姫様にするように。
「僕、頑張ります!もっと強くなります! 旦那様や周りの皆様に何を言われたって……僕は貴女を、世界一幸せな花嫁にしてみせますから!」
僕の言葉に、未咲様が声もなくじわじわと赤面して照れていく。
ああ、なんて、愛らしい。
折れない僕と、まだ咲いていない未咲様。
けど、それがどうしたというのか。
僕たちはこんなにも想い合っている。
今はただ、それだけでいい。
僕が何度折れそうになっても、貴女が幾度枯れかけても。
僕と貴女の間には、とっくに愛の芽が芽生え、すくすくと育っていて。
本当に、それだけでいい。
芽生えが実りを上げる頃には、僕は貴女に誇らしく、貴女は貴女が思うなりに僕に誇らしく育っていることだろう。
この芽生えを大事に大事に育てる為に。
男・那須島木折、今日も明日も生涯かけて!
愛しい遠矢未咲様と、ずっとずっと、頑張って生きていきます!
◆
完
ブライダル学園の贄婿 ハリエンジュ @harihaka
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