その5 祈る暇があるなら、僕は走り出したかった。

■ブライダル学園の贄婿


★その5 祈る暇があるなら、僕は走り出したかった。



 放課後、未咲様を送り届けようと女子生徒たちのグループが雑談していた場所に辿り着き、僕は目を丸くした。


 誰も居ない。

 鞄もないから皆様それぞれご自宅へ帰ったのだろう。


 だけど、未咲様の鞄だけはぽつんと机の横にかけてある。

 まだ校内に居る?

 いや、違う。


 急激に嫌な予感がして、窓から顔を出して学級花壇を確認する。

 未咲様が毎日愛おしみ慈しんで育てている花々。

 花の女神の愛情を一身に受けて育った美しい花々。


 ――そんな花々が、萎れていた。

 俯いて、涙を堪えているかのように茎を傾けて。


 気付いたら、僕は校舎を飛び出していた。

 未咲様が世話をした花は、未咲様の感情と連動する。

 つまり今、未咲様の身に何か起きている。

 とても良くないことが。


「よう、木折」


「っ、藻玉様!?」


 半ばあてもなく走り出していた僕を、呼び止める声が聴こえた。


 ブレーキをかけるように足を止め振り向くと、藻玉様が『バイク』に寄り掛かって立

っている。

 人界ではメジャーな乗り物らしい。

 度々常世を抜け出し人界の生活を謳歌している藻玉様にとっては、この『バイク』という乗り物は愛機だった。


 藻玉様が、僕に何かを放り投げる。

 それは何か、雑な手紙らしきもので。


 文面に視線を滑らすと、未咲様の身柄を預かったことと身代金の要求、取引場所まで書かれていて。


 ――なんてことだ。

 あれだけ、彼女をもう二度と悲しませない、穢すものかと誓ったのに、また彼女を易々と賊に奪われてしまった。

 絶望と不安で立ち尽くす僕に、藻玉様が喝を入れるかのように言った。


「こら、ぼーっとしてねーで。おまえの婚約者が攫われたんだぞ? だったらやるこた一つだろ」


 そう言って藻玉様はバイクに跨り、ついでとばかりに僕にヘルメットを投げ渡した。


「――乗ってくかい?」


 そうだ。

 ……そうだ。

 ここで立ち止まるなんて、僕らしくない。

 守るって誓ったんだ。

 それが僕の全てなんだ。


 未咲様の無事をただ切実に祈るよりまず、僕は彼女を確実にこの手に抱き締める為に走り出してしまいたい。


 先ほど脳裏に焼き付いた萎れた花々を思い出す。

 彼女の慈愛を、優しさを、踏みにじられたことを忘れるな。


 花を愛で、水を与え命を育む。

 そんな、花で彩られ花の香りで満ちた彼女に、幼い頃の僕は一目で恋焦がれたんじゃないか。


 ――待っていてください、未咲様。

 貴方への誓い、貫き通してみせます。


 やっぱり僕は未咲様が絡むと考えるよりまず行動、が性に合う様子で。


 僕は愛しいひとへと辿り着くべく、藻玉様のバイクの背に乗ったのだ。

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