その2 何度折れても、貴女へと辿り着く。

■ブライダル学園の贄婿


★その2 何度折れても、貴女へと辿り着く。



 ――其処は何処か?

 ――『常世とこよ』なり。


 常世に暮らすは人に非ず。

 人の世に加護を与え、存在そのものが結界たりえる『あやかし』たちは、人の世から離れた常世にて、その生をそれぞれ謳歌していました。

 そんな世界にも、例外はあって。


 『世立よりつブライダル学園』。


 常世と人界の結びつきを強める為、あやかしと人間に婚約関係を結ばせ、そんな異種族の二人が夫婦として生きていく為の術を学んでいく特殊な学び舎。


 常世に通う、あやかしの伴侶として選ばれた人間はそれぞれ『贄嫁』、『贄婿』という俗称で呼ばれていました――。



 さて。

 僕・那須島木折も常世に暮らす『例外』の一人。

 あやかしの花嫁と契りを交わした、『贄婿』。

 とは言っても、僕の場合は二重の意味で『例外』だ。


 制服に着替えた僕は、お屋敷の薔薇園を潜り抜け、彼女へと会いに行く。

 あちらこちらの庭が立派な花壇で埋め尽くされた、花で満たされたこのお屋敷。


 花の女神の血を引くあやかしが祖先となった、遠矢とおや 本家。


 僕の家・那須島家は先祖代々遠矢家に仕える契約を交わした、あやかしに人生を捧げた、人間の使用人家系だ。

 その忠誠の意志の強さは僕の名前からも読み取れて。


 ――木折。


 例えこの身が折れようと砕けようと壊れようと、絶対に最期まで主を守り抜くように、という想いを込めて付けられた名前。

 そしてその誓いは、僕自身にもはっきりと受け継がれている。

 他でもない、僕自身の意思で。


 先ほど述べたように僕は『贄婿』だ。

 使用人でありながら、贄婿。


 つまりは僕は、自分が仕えるべき主と婚約関係にある。

 これは遠矢家・那須島家の永い歴史の中でもかなり異例のケースだ。


 だけどこれはもはや必然だった。

 だって彼女は、もう僕以外の全ての男性を恐れるようになってしまったのだから。


 辿り着いた部屋の、大きな扉の前で数回浅く呼吸を整える。

 己のネクタイが乱れていないか、最後の確認。

 それら諸々を終え、僕はコンコン、といつものように扉をノックした。


未咲みさき様、おはようございます。木折です。お迎えにあがりました」


 返事は無い。

 代わりに聞こえたのは、三回の鈴が鳴る音。

 これは僕が彼女の部屋に入る許可を得られた合図。

 『失礼します』、と呟いて荘厳なデザインの扉をゆっくりと開くと、朝だというのに暗がりに包まれた部屋に、一人の少女がしゃがみこんでいるのが見えた。


 桜色のふわふわの砂糖菓子みたいな髪、宝石なんて目じゃないくらいの彩りと光を湛えた、くりくりとした大きな瞳。

 僕と同じデザインの学園の女子制服を着つつ、肌は黒タイツなどで極力隠された、僕よりずっと小柄な体躯。

 弱々しい表情が、震える身体が、涙で潤んだ瞳が、いつだって僕の心臓を高鳴らせる。


 遠矢とおや未咲みさき様。

 僕の命に代えてもお守りしたい主。

 この世の『愛くるしい』を掻き集めたら、きっとこんな人が構成されるんだろう。


 未咲様は、僕が忠誠を誓う主で、同時に。

 過去の誘拐未遂事件をきっかけに僕以外の男性に対して強い恐怖を見せるようになってしまった、僕の婚約者で――僕の初恋の女の子、だ。

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