ワンライ作品置き場

伊藤沃雪

家政婦の逆襲

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 キッチンの油汚れを激落○くんでゴシゴシ掃除して、洗濯物を回している間に干している分を畳んで、家中の隅という隅に生息する埃を拭き取って……。

 ああもう、こんな時間だ! あと10分で終えなければ午前の予定が狂ってしまう。次は昼食作りが待っているというのに。

 家事、家事、家事、家事家事家事かじかじかじかじかじ……


「……」

 私はこれが夢、家事に追われる夢なのだと気が付いて立ち尽くし、もの凄く落胆した。しかもまだ目が覚めないし。

 何が悲しくて、日中うんざりするほどやらされている家事を、ようやく寝付いた先の夢の中ですら見なければいけないのか。


 結婚して2年。子供なし。新婚の頃は夫も「今時、男も家事ができて当然だよね」などと言って進んでこなしてくれていたが、今となっては見る影もない。釣った魚になんとやら。

 帰ってくるとすぐ寝転がり、仕事が忙しい〜とぼやきつつスマホを弄る。通勤電車の中で散々触ってきただろうに、まだ見るものがあるのかと驚いてしまう。

 我が家は共働きだが収入格差があり、生活費への貢献度は彼の方が高いので、お前が家事をやるもんだろ?という態度をぐぬぬと堪えている。実際、夫は家事をやらないという点以外では文句なくいい人だ。優しくて真面目、人当たりが良く出世街道を邁進中。

 

 改めて、自分を取り囲む、散らかり放題の家の中を見渡してみる。

 脱ぎ捨てられ適当に放り出されたワイシャツ。一見綺麗に見えるが電化製品のコード周りにこっそり存在する埃の群生。使った後置きっぱなしにされているティッシュケースの空箱。お茶か何かをこぼして水垢へと生まれ変わりつつあるシンクの汚れ。気まぐれに夫が調理をしてべっとりと汁物の汚れが付けられたコンロ周り。子供の遊んだ後なのかな?ってくらい領域展開されているゲーム機や筋トレグッズ。畳まれてしまわれたはずが着る服だけ無理に引きずり出された為にカオスと化しているクローゼットケース内。


 びっくりする。私、よくこんなのと格闘して暮らしているな。

 両手に持っていたワイヤレス掃除機とクイックルワイパーを手放すと、両者が床に落ちてばたばたと音を立てた。

 よし。夢の中と分かっていてまで家事をやる義理はない。これは私の夢なのだ、パラダイスだ。何をしたっていいのだ! 深く息をつき、私は胸いっぱいに息を吸って叫んだ。

 

「家事のバカ!! 夫のバカ!! もう絶対一生やるもんかーーーー!!!」

 

 思う存分、好き放題全力で叫んだところで、目が覚める。

 ベッドで仰向けになった状態で、妙な爽快感と、何かをしでかした予感がした。隣では夫が目を丸くしてこちらを見ている。

 これ、夢の中で叫んだつもりで、寝ながら叫んだやつだな?

 事態を把握して、恐る恐る夫の方へと顔を向ける。互いに数十秒固まって、沈黙が流れた。


「……ぶっ! あっははは! そんな、全力で寝言叫ば……ぎゃははは!」

 無言の時間を破ったのは夫だった。腹を抱えてベッドの上を転げ回っている。とりあえず怒りを買ったようでなくてホッとした。

 だが、次いで自分の方に怒りがふつふつと湧いてきた。

 夢の中で意図せず現状を顧みさせられた結果、分かってしまったのだ。……我が家の家事、ほとんどお前が散らかしてるのが原因じゃん!!

「何わろてんねん……」

「あはは……は?」

「部屋を散らかしてお片付けは人に押しつけて……いい気なもんですね? そんな悪い子は……こうだ!!」

 私はベッド付近で充電中だったワイヤレス掃除機を手に取ると、スイッチを入れて夫へと向けた。

 シャー○製の掃除機は能力を遺憾なく発揮している! もはや吸い取れないものなどない。夫はハイパワー吸引によって回転部へひゅるひゅると呑み込まれていく。

「うぎゃあ〜!」

「ゴミを平気で散らかす夫くんは、ゴミと同じじゃ〜!! ぎゃははは〜!!」



 

 

「おっ?」

 目を覚ますと、私は再びベッドの上にいた。

 どうやら夢の中で二重に夢を見ていたようだ。夫を掃除機で吸い取って高笑いしていた光景が目に焼き付いている。

 何となしに鳥肌が立ち、隣の夫を確認する。何事もなくすやすやと眠っていて、胸をなで下ろす。

 正直言えばかなりスッキリしたが、さすがにゴミ呼ばわりするほどは夫を憎んでいない。当人を傷つけずに憂さ晴らしができて、ラッキーだったかもしれない。

「……いよっし! じゃあ今日も頑張りますかあ」

 私はベッドから抜け出して伸びをする。背伸びした格好のまま振り返ると、充電中の掃除機が目に入る。

 大丈夫。私にはシャ○プのワイヤレス掃除機が付いてる。いざとなれば綺麗に掃除できるんだから。

 一人ほくそ笑み、家事まみれの日常を再開した。



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KAC2025 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2025~

第4回お題「あの夢を見たのは、これで9回目だった。」参加作品です。


古賀コン参加を経て1時間内で作品を完成させる(=ワンライ)、ということの難しさを実感したため練習することにしました。そんなわけでこちらもワンライ作品です。

拙い作品ですがよろしくお願いいたします。


所要時間55:27 1891文字

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