10-1
扉の前をうろうろと彷徨う気配は、少年がうんざりする程に行ったり来たりを繰り返している。
溜め息一つ、それだけで脇腹に鋭痛が走る。仰々しく巻かれた包帯の下、裂かれた皮膚はじくじくと疼き、巻かれた布を紅く濡らしている。
声を上げるのも億劫だ。だが、部屋の外を熊のように歩き回る気配が気になって寝られやしない。ベッドに横たわり腹を押さえながら、少年は扉の向こうに居るだろう相手に声を掛けた。
「なあ、いい加減入るなら入ってくんねぇ? 気持ち悪ぃんだけど」
扉の前で、ぴたりと気配が止まった。
暫し逡巡の後、ゆっくりとドアが開けられる。実に覇気のない男が入って来た。
漆黒の瞳は力なく伏せられている。孤高の出で立ちは何処へやら、今やしょぼくれた捨て犬にしか過ぎない。
「……何突っ立ってんの」
仕方なくぶっきらぼうに告げる。怖ず怖ずと部屋に入って来た男は、寝台の傍らに跪いた。
慌てて少年は上掛け布団を腹の上まで引き上げた。包帯を巻いた上半身は服を着ていないが、隠すのは半裸を晒していることが理由ではない。寧ろ原因は上ではなく、下にある。障りがあるのは己の特性の所為であるが、余り他者に悟られたいものでもなかった。
「……傷の具合は」
低い声が跪いた男から発せられる。その響きに、疵ではない部分がずくりと疼いた。腹立たしいことに、男の存在が次第に少年を昂ぶらせていく。
内に向かう力が強いと、大聖女は言っていた。実際、内なる奇跡のお陰で、少年は一命を取り留めた。
赤竜の棘の付いた尾に脇腹を裂かれた少年は、意識不明の重体となった。しかし、竜が飛び去った後、運び込まれた城内で手当をした医師は驚いたと言う。裂かれた腹は既に塞がり掛け、失血死してもおかしくない程の出血も止まり掛けていたのだ。
丁重に包帯を巻かれ、自室で安静にと寝かされた少年は、意識を取り戻して余りの不快さに吐き気すら催した。これは死んだなと自分でも思った重体から、目覚めれば下腹部は欲情を示し、解放を求めて疼いていたのだから。
反吐が出る。全身を巡る聖女の力は活発に、少年の疵を癒すと共にその一点に熱を収束させる。正に発情、少年の嫌悪する力に生かされた。その事実に腹を立てれば立てる程、疵痕と下腹部は疼き、少年を苛んでいた。
「……大したこたねーよ、俺、生命力だけは強いから」
ぶっきらぼうに言い放つ、それが誤魔化しでしかないことは自分が良く知っている。
適当にあしらえばさっさと退室すると思っていた男は、何故だかベッドの脇にうずくまったまま動かない。罪悪感を抱いているのか。莫迦な。赤竜が現れたのも少年が襲われたのも、この男の所為などではないというのに。
「大したことない訳がないだろう。見せてみろ」
「っば……っか! 大丈夫だっつってんだろーが! 布団剥ぐなやめ……ッ!!」
抵抗も虚しく上掛けを剥ぎ取られる。立ち上がり布団を剥いだ男は、ぴたりと動きを止めた。かあっ、と頬まで血が上る。包帯の巻かれた腹の下、ズボンの膨らみを確と目撃され、少年は羞恥で顔から火が出そうだった。
沈黙した男は少年の下腹部を見つめたまま硬直している。せめて何か言いやがれ。苛々しながら少年は脇腹が痛むのも構わず手に取った枕を投げ付けた。
「別に! 好きで! こうなってる訳じゃ! ねーからな!!」
「……何も言っていないが」
「何か言えよ! っ俺が! ……俺だって、聖女の力でこんなんなってるだけで……っ俺が、好き好んでこんなん、なってる訳じゃ……ねーよ……」
取り留めのない反発は力なく立ち消える。いつだってそうだった。いつだって、欲情は少年の意志と遠い場所にある。孤児院にいた頃は、他人の欲望に晒されていた。聖女になってからは、それは己の内に入り込み、制御の利かない処でのた打ち回っている。
耐え難かった。いっそ屈辱的ですらある発情に身を苛まれ、少年は俯いた。頭に枕をぶつけられた男は、何も言わず沈黙している。
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