無能と追放された宮廷神官、実は動物を癒やすだけのスキル【聖癒】で、呪われた騎士団長を浄化し、もふもふ達と辺境で幸せな第二の人生を始めます
藤宮かすみ
第01話「追放と森の出会い」
「ルカ、君は本日付で宮廷神官の任を解く。君はもう、必要ない」
冷たく響いた神官長の言葉は、鋭い氷の刃のようにルカの胸を貫いた。
きらびやかな装飾が施された謁見の間。集まった神官たちの目に浮かぶのは、侮蔑と、厄介払いができるという安堵の色だ。
ルカ・アシュフィールド。彼が持つユニークスキル【聖癒(アフェクション)】は、生きとし生けるものの穢れや呪いを癒やす稀有な力だ。国の守り神である聖獣様の穢れを定期的に払うのは、ルカにしかできない重要な役目だったはずだ。
だが、その力はあまりに地味だった。炎を呼び、雷を落とすような派手な攻撃魔法こそが神官の誉れとされるこの国で、ただ触れて癒やすだけのルカの力は「無能」の烙印を押されるのに十分だった。
「しかし、聖獣様の穢れは……」
「代わりはいくらでもいる。君の代わりなど、な。荷物をまとめて即刻王都から立ち去るように」
有無を言わさぬ物言いに、ルカは唇を噛みしめるしかなかった。
(代わりなんて、いないのに……)
心の叫びは、誰の耳にも届かない。その代わりに押し寄せてきたのは、深い絶望と、そしてほんの少しの解放感だった。
祈りと儀式に縛られた窮屈な宮廷生活。その裏で繰り広げられる、醜い権力争いと足の引っ張り合い。前世で過労死した獣医だったルカにとって、動物と触れ合う時間もろくにないこの場所は、息が詰まる牢獄のようでもあった。
なけなしの金と最低限の荷物だけを手に王都の門をくぐったルカは、当てもなく西へ、西へと歩き続けた。人の多い街を避け、森の匂いがする方へ。まるで、傷ついた獣が己の巣を探すように。
数日後、彼がたどり着いたのは、"黒銀の鬼"が守るという辺境の森。瘴気が濃く、恐ろしい魔物が住むと噂される場所だ。しかし、ルカの目には、その森がどこよりも生命力に満ち溢れているように見えた。
小鳥のさえずり、木々の葉が風に揺れる音、苔のむした匂い。前世で愛してやまなかった自然の気配が、ささくれだった心を優しく撫でてくれる。
「……ここでなら、静かに暮らせるかもしれない」
ぽつりと呟き、森の奥へと足を踏み入れた、その時だった。
「グルルル……ゥ……」
獣の苦しそうなうめき声が、彼の耳に届いた。獣医だった前世の魂が、反射的に反応する。ルカは音のした方へと、夢中で駆け出した。
開けた場所にいたのは、一匹の大きな狼だった。月光を吸い込んだような美しい銀の毛並みを持つ、おそらくは魔狼と呼ばれる種だろう。その魔狼が、どす黒い靄のような瘴気にまとわりつかれ、全身を痙攣させながら苦しげに喘いでいる。
普通の人間なら、恐怖で足がすくむ場面だ。しかし、ルカの目には、苦痛に耐える一匹のか弱い命にしか見えなかった。
「大丈夫、怖くないよ。今、楽にしてあげるからね」
彼はそっと魔狼に近づくと、震えるその体にためらいなく手を置いた。
「【聖癒(アフェクション)】」
ルカの手のひらから、温かい太陽のような光が溢れ出す。光は瞬く間に魔狼の全身を包み込み、体を蝕んでいたどす黒い瘴気を霧散させていく。瘴気が晴れると、魔狼の痙攣がぴたりと止まり、荒かった呼吸も穏やかになっていった。
やがて、完全に苦しみから解放された魔狼は、ルカの手にすりと頭をこすりつけてきた。感謝と信頼を伝える、甘えるような仕草だった。
「よかった……」
ルカが安堵の笑みを浮かべた、まさにその瞬間だった。
ぞわりと背筋が凍る。地を揺るがすような、圧倒的な威圧感。それは、先ほどの瘴気とは比べ物にならないほど濃密で、冷たい死の気配をまとっていた。
「――そこで何をしている」
地の底から響くような、低く冷たい声。
ルカが恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは、全身を禍々しい黒銀の鎧で覆った一人の騎士だった。兜の隙間から覗く鋭い眼光は、獲物を射抜く猛禽のそれだ。腰に差した長剣も、鎧と同じように不気味なオーラを放っている。
噂に聞く"黒銀の鬼"。この辺境を守護する騎士団長、ギルベルトその人だった。
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