胸の奥の真実

パイパイ星人

胸の奥の真実

新人刑事の桜井美緒は、入庁一年目。


捜査一課の紅一点として気合は十分――だが、ひとつだけ人には言えない悩みがあった。


「制服が……きついんです」


彼女は胸が大きい。それが原因で動きづらく、尾行も聞き込みもどこかぎこちなくなる。


先輩刑事の古谷からも「お前、もっと自然に動け」と叱られる日々だった。


そんなある日、資産家夫人殺害事件が起きた。

密室の寝室、被害者は喉を一突きされて死亡。

容疑者はひとり、夫の秘書、篠田。


だが凶器のナイフがどこにも見つからない。

室内の窓も鍵も閉まっており、完全な密室だった。


「ナイフがないってことは、誰かが持ち出したんでしょう」


美緒が言うと、古谷が首を振る。


「監視カメラには誰も映ってない。屋敷の外に出たのは、通報した夫だけだ」


つまり、夫も怪しい。だが証拠がない。


その夜、美緒は現場写真をじっと眺めていた。

被害者のベッドの上には、黒いブラウスが脱ぎ捨てられている。


(犯行直前に着替えた? それとも……)


ふと、美緒は自分の胸元に手を当てた。




「……まさか」

胸元が汗ばむ



翌日、再び屋敷を訪れた美緒は、夫に尋ねた。

「奥様の服を畳まれたのは、どなたですか?」

夫は首を振る。「触っていません。警察が来るまでそのままでした」

「そうですか……。では、失礼します」


屋敷を出てすぐ、美緒は古谷に言った。

「凶器、見つかりました」

驚く古谷。「どこにだ?」

美緒は、静かに微笑んだ。



「ブラジャーのワイヤーです」


解析の結果、被害者の下着のワイヤーが鋭く削られ、刃のように加工されていた。

それを胸に隠したまま、夫人は自らの首を突いたのだ。


自殺だった。夫を不倫の罪で苦しめるため、秘書を巻き込んだ完全な罠。


古谷は感嘆の息をついた。

「よく気づいたな」

「女にしか分からない違和感です」

美緒は苦笑いを浮かべた。


だが、その夜。

美緒のデスクに一通の匿名メモが置かれていた。


“あなたも同じ方法でやったのね。

あの同期、もう戻らないものね。”


誰も知らないはずの三ヶ月前の事件。


酔った同僚にしつこく迫られた夜、彼は自宅の階段から落ちて死んだ。






事故として処理された、、







あのとき美緒のブラのワイヤーは一本、確かに折れていたのだ。


美緒は震える指でメモを握りつぶした。


制服の胸元が、再び苦しく締めつける。


それは、彼女自身の“真実”を隠す檻でもあった

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胸の奥の真実 パイパイ星人 @pai-pai

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