森井まさとの記録 終
月日が進み中学3年生の冬。1月7日(土)の夜のこと。父親は正月なのに仕事があるストレスからか、非常にイライラしていた。まさとはいつも通り味噌汁を運んで父の前に置こうとした。だが失敗してしまった。足元にあったこたつのコードに気づかず、足が引っ掛かり父親に味噌汁をこぼしてしまった。
(あ、まず・・)
まさとがそう思った時には体は押し倒され、父親が馬乗りになっていた。息継ぐ間もなく父親が拳を振り上げ、容赦なく顔に叩き付けた。
プチッ
と何かが切れた音がした。
「ご、ごめんなざ・・・」
ガンッ ゴッ
まさとの言葉など意に介していないようにひたすら顔を殴りつけてくる。
(いたいいたいいたい、やめ、やめろ、死にたくない)
殴られる合間に父親の顔が一瞬見え、まさとは絶望した。ただひたすらに真顔で何の感情も沸いてなさそうだった。
ガンッ ゴンッ バキッ
まさとの命乞いもむなしく父親からの殴打は止まらなかった。体を押さえつけられ、全く動けなかった。母親に助けを求めようにも、ソファに座りスマホを見ているだけだった。
意識はここで途切れた。
(ふざ、ふざけるな、ゆるさないゆるさないぜっ対ゆるさない、しにたくないしにたくないしにたくない、おまえらを殺)
目が覚めるとあの沼の底のような場所にいた。仰向けに倒れているまさとの周りを生み出した4体の人格達が覗き込むように囲っていた。そして奥のほうから何かが這ってきている。
「いずれこうなることは分かっていた。あいつに始めて殴られた日、この空間にこいつらが始めて生まれた日から、何度もこの最悪の想定をしてきた」
少し枯れているが聞きなれた声、何度も見た顔・・・這いずってきた何かはまさとだった。だが顔がひしゃげ、鼻からは鼻血がダラダラと流れ出ていた。体がガクガクと震え今にも死にそうだった。
「なんでこいつらが生まれたか知ってるか?」
死にそうなまさとが聞いてきた。
「・・・僕が困ってる人を見たとき、助けたくても助けれな」
「違う」
かぶせるように否定してきた。
「そんな崇高なもんじゃない、ゲホッ 俺はもう一人のお前だ、虐待から逃げるために作られたもう一人のお前、六つ目の人格。こいつらよりも先に出来ていた。今まで入れ替わって来なかったのは俺が保険だったから、いつか来るであろう死ぬ日を見越してお前に作られた身代わりなんだよ。長いことお前の中にいたからこそわかる、お前はそんな良い奴じゃない。わかってるだろ?ガハッ あの人たちも別に困ってないことをお前は気づいていたはずだ。」
ドクンッ ドクンッ
心臓が音を立てて鳴る。
「あの子は赤いワンピースなんて着ていなかったし、おばあさんは不機嫌そうな顔なんてしていなかった。お前は嫌いだったんだ。自分のことは助けてくれないのに楽しそうにしているやつがいるのが、気軽に人のことを傷つけるやつが当たり前にいるのが、全員殺してやりたいと思ったはずさ。そう強く思ったときこいつらは形をもって生まれるんだよ。病気だよ、これはもう。早く治療すれば、誰かに事情を話せば、何とかなったのかもな。」
まさとは何も言えなかった。そしてだんだん意識が遠くなってきた
「俺はもうすぐ凍え死ぬ。あの糞親が服を脱がして外に放り出したからだ。・・でもお前は死なない、凍え死ぬのは
ニコニコしているおじいちゃんと目が合った。気のせいか前見たときより笑顔なような気がする
「そして
ビチャビチャ
口から血を吐く。死にかけのまさとの目から光が消えかけている。
「お前は・・・人間なn・・・・」
完全に目から光が消えた。その瞬間上にものすごい力で引っ張られた。周りにいた奴らも流れに従うように上を一直線に目指していく。
まさとは目が覚めると庭に裸で倒れこんでいた。何とかして立とうとしたが体に力が入らなず動けない。真冬に裸でいるのに不思議と寒くはなかった。周りの家の電気は消えている。
バリンッ・・・・バリバリンッ
窓ガラスが割れる音がした。体を動かせないので家のほうで何が起こっているのかはわからなかった。
瞬間父親の悲鳴のようなものが聞こえてきた。続いて母親の慌てるような声。まさとはその声を動けない体で染み入るように聞いていた。心地よかった。しばらくして声が聞こえなくなり、その後何人かが歩いていくような音が聞こえた。
何分経っただろうか。まさとはようやく体を動かせるようになった。振り向くと割れた窓ガラスの近くの換気扇に、もたれかかるようにまさとが倒れていた。顔はあの空間で見た時と一緒で、口は半開きのまま固まっていた。死んだ自分の横を通り過ぎ、ガラスを踏まないように室内に入っていく。
室内に入るとものすごい血の匂いがした。垂れた血が玄関ドアまで続いている。その元をたどっていくと両親の寝室にたどり着いた。開け放たれたドアから様子をちらりと見る。
部屋は地獄絵図で、両親はほとんど原型をとどめていなかった。部屋に入り母親が使っていた鏡台にまさとの顔が映った。鼻血が出て、顎のあたりがはれ上がっていた。
(殴られた反動で動けなかったのか・・・もし動けたらあんたらを救うことができたかもなのに・・・自業自得だな)
鏡台に映る顔は笑っていた。母親のスマホを探しお金や充電器、その他入るだけの食料を父親のリュックサックに詰め込んだ。母親のスマホのパスワードは知っている。常にスマホを持っていたし、パスワードに関する話を父親としていたのを覚えていたから。
まさとは詰め込んでいる最中あることに気づいた、足にガラスが突き刺さっている。よけたつもりだったが細かいのを踏んでしまっていたらしい。だが不思議と痛くはないし、血も出ていなかった。
(何故生きているかもわからないんだ、もう幽霊みたいなもんなんだろう)
そう思うことにしてとりあえず自分を納得させた。
家を出る前に体に血がついてないかだけを確認して家を出た。指紋が残っていても問題ないし、そもそも自分は死んでいるんだ。ただ念のため防犯カメラがない場所を通ろうとは考えた。
(それよりもあいつらを見つけて、どうすればいいんだろう・・・そもそも死ぬのか?・・・とりあえず探さなきゃ。でもどうやって・・・そうだ、フリーのライターになりきろう。そうしたら情報を集めやすいかも)
時刻は午前3時、まさとは大きなリュックサックを背負って夜の闇に消えていった。
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地獄に生まれ誰にも助けてもらえなかった少年
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