恋しい対称性の破れ

雪傘 吹雪

恋しい対称性の破れ

 キーンコーンカーンコーン。


 ウェストミンスターの鐘の音。またの名を学校のチャイム音。


 話に夢中になっていた、少年少女はその音を聞いてからようやく慌てて席に座る。それは、貴方も例外ではない。


 先生が号令を掛ける中、貴方は机から教科書やノートを出していた。


 昼下がりの5限。

 貴方はただでさえ、普段から眠そうなのに食後なんて尚更眠気に襲われているんだろうなぁ。


 バレない程度に、横目で左に2つ隣の席を見る。


 ぼーっと、黒板を見ている。


 何考えてんだか。


 さっき私が言ったことはもう忘れてしまったのかな。


 まぁ、そうなんだろうな。貴方にとっては、別にどうでもいい、意味のない言葉だっただろね。


 でもさ、ちょっと考えてみてよ。


 貴方が好きな私は、それをどうやって受け取るのか。貴方を心から愛している私はどう感じるのか。


 分かってる。分かっているよ。


 私の想い過ごしだって。私の創った妄想と違うだけだって。


 けど、なんか寂しいんだよ。なんか許せないんだよ。なんか嫌いなんだよ。なんか苦しいんだよ。なんか……消えたいんだよ。


 私は自分のノートに目を落とす。


 分かっているつもりだ。


 貴方が別に私の事を突き放そうとして、言ったものではないと。ただ、いつも通り、貴方っぽい言葉だと。


 それなのに、なんか怖いよ。貴方。


 あの冷たい、暴力的な言動。


 怖いよ。


 私は荒事は苦手だから余計に。


 別に貴方に穏やかさを求めたい訳じゃない。貴方の性格だって、決して嫌いじゃない。むしろ、そんな所も大好き……だと思いたい。


 貴方が大好きだからこそ、私自身を否定するような事は言わないで欲しい。


 他の有象無象の違う人にはそんな事言わないどころか、なんかこう……きゃっきゃしてんのに。私には無機質な反応。飽きた、どうでもいい、そんな心の声が聞こえてきてしまいそうな程の。


 まぁ、当然と言えば当然なのか?


 私が話し掛けるから話してくれるし、私が半ば無理矢理一緒に帰ろうとするから一緒に帰ってくれる。


 貴方は私と居たいから居てくれるんじゃない。私が居たいから、付き合わせているだけ。


 好きになって。


 陳腐な願いだ。懐かしい。


 この恋情が大きくなればなるほど、願望というものは低レベルになっていった。


 嫌いにならないで。


 もう、それを願うしか出来ない。


 私にもどうか、気を掛けて欲しい。


 いや、でも、本当に私はそんな事を望んでいるのだろうか。


 あんな憤りを見せて、その上机のけしカスをぱっぱっと払い落すように、どうでも良さそうな。


 貴方は私が思っている程、良い人では無いのか?


 他人に対して簡単に汚い言葉が吐けてしまう、屑のような人間なのか?冷徹で腐った根性を持っているのか?


 それは……やっぱり、違うかな。


 ノートの右上の端を何となく折ってみる。


 私が1人ぼっちの時……具体的には2組でペア作れとか言われた時に、何処にも行き場が無い私に、そっと手を差し伸べてくれる貴方だって居る。

 忘れ物をした時、積極的に貸してくる貴方だって、テスト終わりにあの問題難しかったよなーと話してくれる貴方も居る。

 それはきっと優しさから出た行動だと思う。


 もしかしたら、都合の良い存在として扱われただけかもしれない。ただ、その時、気分で私を選んだだけかもしれない。

 貴方の手には、選択出来る位の力が握られているから。


 正直、証拠、というか根拠を出そうと思えば出せてしまう。貴方が私に大して重要な感情は抱いていない


 それでも、信じていたい。優しい貴方を。私にちょっとでも意識を向けている貴方を。


 ノートの端を強く掴む。

 小さく、ぐしゃっと音が鳴る。愚者っと。


 何かDV彼氏に対して、「昔は優しかったからぁ……」って言って殴られてるのに別れないバカ女みたいだな。私の場合、彼氏でもなんでもないけど。


 それに貴方は今も優しい。妄想でもなんでもなく、事実として。


 机に突っ伏して思いっきり左を見る。


 この態勢なら、見てる事もそうそうバレないだろう。


 貴方はさっきよりはまだ凛々しく授業に集中しているように見える。


 滑らかな横顔のライン、二重目蓋の目、サラッとした黒髪。


 くそっ。


 無駄に綺麗な顔。


 腹が立つ。ああ、憎い。


 無論、顔だけが好きでは無いけど。まぁ、中学生の恋愛なんてこんなもんか。


 けれども、この心の靄が決して晴れる事は無い。


 私はノートの1ページをぐちゃぐちゃに握った。

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