勝負ふんどしはワルツを踊る ~ 大介と巴と灯のラブソング❤️ ~

月影 流詩亜

第1話 公園の美魔女と、怪しげな贈り物

この作品はフィクションです。


─ 実際の人物・団体・事件・地名・他の創作ドラマには一切関係ありません ──



 ​夕暮れの公園は、ブランコを揺らす風の音だけがやけに大きく聞こえた。

 野沢大介のざわ だいすけが逃げるように去った後、武蔵巴むさし ともえ星野灯ほしの あかりは、どちらからともなく溜め息を漏らした。


​「……あの意気地なし」


 ​最初に沈黙を破ったのは巴だった。

 その声には、怒りよりも深い、どうしようもない苛立ちが滲んでいる。


「そんなこと言わないでください。 大ちゃんが一番、悔しいはずです」


 ​灯が俯きながら、か細い声で反論する。

 彼女の目は少し潤んでいた。


「悔しいなら、戦いなさいよ。畳の上で!

 いつもいつも、一番肝心な時に自分から崩れていく。 あいつの才能を、あいつ自身が一番無駄にしてるじゃないの」


「巴さんこそ、柔道のことしか見てないじゃないですか!

 大ちゃんは、心が優しいから……プレッシャーに弱いだけで……」


「優しさと弱さは違うわ!」


 ​二人の間に、気まずい空気が流れる。

 お互いに大介を想っている。


 だが、その想いの形は、まるで違う。


 柔道部エースとして彼の才能を信じる巴と、幼馴染みとして彼の心を気遣う灯。

 交わることのない平行線のように、ただ時間だけが過ぎていく。

 ​やがて、巴がぽつりと言った。


「……あいつには、勝ってほしい。

 あいつの柔道が、本物だってことを証明してほしいの」


 ​それは、彼女の偽らざる本音だった。灯は少し驚いた顔で巴を見つめ、そして静かに頷いた。


「私も……大ちゃんが、笑って畳から降りてくるところが見たいんです」


 ​想いの根っこが同じだと気づいた、その時だった。


「あらあら、若い娘さんたちが、男のことで悩んでいるの ?」


 ​艶やかな、しかし妙に響く声が背後から聞こえた。振り返ると、公園のベンチに、いつの間にか二人の美魔女中高年女性が腰掛け、にこにことこちらを見ていた……

 揃いの紫色の着物が、夕闇にぼんやりと浮かんでいる。


「え……?」


「ど、どちら様ですか?」


 ​警戒する二人を気にも留めず、美魔女の一人が続ける。


​「その男の子は、いざという時に腰が引けて、実力の半分も出せないんでしょう。心は逸れど、体がついていかない。違うかな?」


 ​まるで全てを見透かしたような言葉に、巴も灯も息をのんだ。 なぜ、それを。


 二人は、まるで魔法にでもかかったかのように、その不思議な美魔女たちに大介のあがり症のことを全て打ち明けてしまっていた。


 ​話を聞き終えた美魔女の一人が、満足げに頷き、隣の美魔女に目配せする。もう一人の美魔女は、おもむろに持っていた風呂敷包みを解き、中から古びた桐の箱を取り出した。


 ​「ウフフ。それなら、いい薬があるわ」


 ​恭しく差し出された箱を、灯がおそるおそる受け取る。

 巴が隣から覗き込むと、中には丁寧に折り畳まれた、真っ赤な布が入っていた。


「……ふんどし、ですか?」


「ただのふんどしではないわ。『常勝のふんどし』よ 」


 ​美魔女は得意げに胸を張る。


「それはね、かつて伝説と謳われた柔道家が愛用した逸品。身に着ければ、いかなる緊張やプレッシャーからも解放され、心身ともに最高の状態を保つことができる」


 ​そんな夢のような話があるだろうか。半信半疑の二人に、もう一人の美魔女がニコリと笑って付け加えた。


​「しかし、こいつは少しばかし陽気でねえ。音楽を聴かせると、血が騒いで踊り出してしまうのよねぇ~ 」


「……踊る?」


「うん。 社交ダンスから民謡まで、節があれば何でもござれ。ワルツ、タンゴ、炭坑節……。興が乗れば、身ぐるみ全部脱いで丸裸、なんてこともあるかも知れないわね……それでも、使う?」


 ​怪しすぎる……どう考えても怪しい……呪いのアイテムとしか思えない。


 だが、二人の脳裏に浮かんだのは、畳の隅でうずくまる大介の、あの情けない背中だった。


 あの姿を、もう見たくない。


 ​巴と灯は、顔を見合わせた。そして、覚悟を決めたように、強く頷いた。


「「使います!」」


 ​その声が重なった瞬間、二人の手から桐の箱の重みがふっと消えた。美魔女たちは満足そうに笑うと、夕闇に溶けるように、すっと姿を消していた。後には、ひんやりとした風が吹くだけだった。


 ​手元に残された、古びた桐の箱。


 これが本当に、弱気な天才を救う切り札になるのか。


 それとも、とんでもない悲劇喜劇の始まりなのか。


 ​この時の二人は、まだ知る由もなかった。


 この赤い布が、自分たちの、そして野沢大介の運命を、あんなにも賑やかに掻き回すことになるなんて……


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