第十章 笑ってるフリは、もうやめた

※視点:神谷 陽翔(バスケットボール)


「お前、ほんとメンタルだけは全国級だよな~!」


練習帰りの体育館。

チームメイトの冗談に、陽翔はいつものように笑って返した。


「やめろや〜。バスケは心でやるもんだろ、心で!」


軽口を叩きながら、心の奥はシンと冷めていた。


最近、ベンチスタートが続いている。

理由はわかってる。ディフェンスの読み、スタミナ、細かい修正が足りない。


それでも、口には出さない。


(不調とか、弱音とか、似合わねーって思ってんだろ。みんな)


自分でも、そう思ってた。




帰り道、スマホの通知を見る。

朱音のメッセージ。「トリプルアクセル、飛ぶ」って。


(マジかよ……あいつ、本気じゃん)


さらに遡ると、奏の「決勝に来い」、光輝の全国報告、澪の短い言葉。


グループが、動いてる。

みんなが“星”を見てる。


それなのに、自分だけが──“置いていかれてる”気がしていた。




家に帰って、久しぶりに録画した試合を見返す。

自分のプレー。軽快なドリブル。派手なスリー。

でも、肝心な場面では、ミスしてる。


「……なんだよ、これ」


笑えなかった。




次の日の朝、陽翔は早めに体育館に向かった。

まだ誰もいない。照明もついてない。


一人でボールを持って、ただ黙ってシュートを打ち続けた。


何本外しても、誰もいないから笑わなくていい。

決めても、誰も見てないからドヤらなくていい。


気づけば汗だくになっていた。


(俺、本気でやったこと……どんくらいあったんだろうな)




その日の夜、陽翔はスマホを開き、グループに送る。


「次の試合、ベンチスタートだけど出るわ」

「まだ“スターター”じゃないけど、俺なりに勝ちにいく」

「本気出すの、遅かったかもだけど──見とけよ」


一拍置いて、澪からスタンプ。

朱音が「やっと来たわね」と返信。

奏は「1秒でも出たら、戦え」

光輝は「よっしゃ、来た来た!!」とスタンプ連投。


陽翔はスマホを置いて、布団に倒れ込んだ。


笑ってない自分が、

今までで一番、前を向いてる気がした。

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