第六章 静けさの中の矢声

※視点:星野 澪(弓道)


 張り詰めた空気。

 道場の木の床が、足音ひとつで鳴る。


 澪は弓を持ち、的の先をじっと見つめていた。

 頭の中は静かだった。外の世界の喧騒や、クラスのざわめきや、携帯の通知音も、今は全部どうでもいい。


 矢をつがえ、ゆるやかに弓を引く。


 呼吸、目線、身体の軸。


 ──放つ。


 空気を裂いて、矢はまっすぐに飛ぶ。

 ピシッと的の中心に突き刺さった音に、周囲がざわつく。


 誰かが言った。「星野、今日も全中て(ぜんあて)か」


 褒め言葉。でも、澪は頷くだけで受け流す。




 練習が終わり、道具を片付けながらスマホを見る。

 グループチャットには、新たに3人の返信が並んでいた。


 光輝、朱音、陽翔。


 そして、奏は未読のまま──でも、澪にはわかっていた。

 (奏くんは、見てる)


 彼はそういう人間だった。

 言葉じゃなく、行動や“沈黙”で何かを伝える人。


 ……澪も、少しだけ似ているかもしれない。




 五つ星の約束。

 澪は、あの日のことを鮮明に覚えている。


 夜空を見上げながら、手を重ねたあの瞬間。

 みんなが口々に「一番になる」と言って、笑っていた。


 そのとき、澪は何も言わなかった。

 ただ、心の中で、ひとつだけ誓っていた。


 「私は、みんなの“最後の一本”になる」


 誰かが折れそうになったとき、

 誰かが夢を見失いそうになったとき、

 私が、そっと支える側に回る。


 みんなの“矢声(やごえ)”になれるなら、それでいい。

 弓道で言えば、的に向かう矢の背後で、静かに送る声のように。




 スマホを開き、グループチャットを見つめる。

 誰にも気づかれないように、画面をスクショして、ロック画面に設定する。


 「返信しないの?」


 そう聞かれたら、きっとこう答える。


 ──「もう届いてるよ。返事じゃなくても」




 帰り道、空には雲がかかっていた。

 星は見えない。それでも澪は、空を見上げた。


 「今の私にできるのは、狙いを外さないことだけ」


 自分の場所から、みんなの星を守る。

 そんな自分の“約束の形”を、誰かにわかってもらえなくても。

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