第五章 ピッチの外はノイズだらけ

※視点:風間 奏(サッカー)


 ボールを止めて、見渡す。味方の動き、相手のディフェンスライン、空いているスペース。全部、0.1秒で頭に入れる。

 足元のボールは、ただの道具だ。大事なのは、“先”を見ること。


 左サイドへロングパス。次の瞬間、スタンドが沸く。

 ゴール前にいたFWが、パスを受けてシュートを決めた。


 「ナイス、風間!」


 味方の声に、奏はただ頷くだけだった。

 喜ぶより、次の展開を考えるほうが早い。




 試合後、ロッカールーム。

 仲間たちはSNSを見ながら盛り上がっていた。


 「見た? 光輝の記録、あとちょっとで全国だってよ」

 「マジか。あいつ、本気でやってんだな」

 「朱音も返信してたぞ。なんかエモい流れになってる」


 奏は黙って、スマホの画面を指で撫でた。

 グループチャットには未読の通知が1件。

 まだ開いていない。いや、“開けない”のかもしれない。




 帰り道、奏はグラウンドを一人歩いていた。

 静まり返ったピッチに、自分の影が伸びていく。


 (返信、しなかった理由?)


 自分でもわかっている。

 あの日の約束を、誰よりも「本気」で覚えているのは、自分だ。

 ──だからこそ、返せなかった。




 中学の頃、一度だけプロのユースチームに誘われた。

 でも、その代わりに、地元の仲間とはほぼ会えなくなった。


 別の世界。別のリズム。別の目標。

 “頂点”を目指すためには、切り捨てなきゃいけないものがある。

 そう教えられてきたし、実際それで結果も出してきた。


 だから、あの約束が、甘く感じた。


 「五つ星? ……何それ、子どもじゃん」


 それでも──メッセージを見て、心が動いた。

 光輝の言葉。朱音の返信。陽翔の、らしいノリ。


 どれも軽い言葉のように見えて、本気だった。

 自分だけが、そこに加われていない。

 そして、それが少しだけ、怖かった。




 家に帰ると、玄関で母親とすれ違った。


 「奏。久しぶりに、あの子たちと会ったら?」

 「……なんで?」

 「あなた、あの頃の顔してなかったよ。最近、ちょっと変わってきた」


 自分では気づいていなかった。でも、確かに、何かが変わっている。




 夜、スマホを開く。

 既読が3つ。自分はまだ“未読”のまま。


 指が動きかけて、止まる。

 打ちかけた文章を、削除。


 ──まだ、今じゃない。


 だけど、スマホのホーム画面を、そっとグループチャットに変えた。


 目には見えないつながりが、そこにある気がして。

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